執筆者:中野 有【ブルッキングス研究所客員研究員】

中近東と北朝鮮は世界の火薬庫であると考えられてきた。その世界の二大不安定地域で「戦争と平和」という対極的な動きが生じようとしている。イラク問題に関しブッシュ大統領は、化学、生物、核兵器を使用する可能性のあるイラクに対し先制攻撃も辞さぬ姿勢を示すと同時に、イラクが再三にわたる国連の査察を受け入れない場合、国連による多国間連合によるイラクへの攻撃を強く求めた。

一方、北東アジアのブラックホールと言われてきた北朝鮮は、小泉総理の訪朝により悲願の朝鮮半島の安定と発展に向けた大きな歴史的分水嶺を迎えようとしている。イラクも北朝鮮もブッシュ大統領の言う「悪の枢軸」である。では、どうしてイラクと北朝鮮でこのような大きな格差が生じたのであろうか。

金正日総書記が具体的な平和と安定の模索を始めた背景には、概して3つの要因があると考えられる。

第一は、経済的要因。すなわち共産主義を固守しながらも配給制などを徐々に廃止し、中国式市場経済を導入しなければ国が維持できなくなってきたこと。

第二は安全保障の側面。テロ国家や核疑惑のレッテルを貼られた国に対し、米国単独でも妥協のない先制攻撃をしかける可能性がブッシュ政権により示されたことにより、北朝鮮は従来の「瀬戸際外交」による国際社会に脅しをかけ妥協を引き出すというオプションが狭められたこと。

第三は、ブッシュ政権が「アメとムチ」を唱え北朝鮮が「アメの効用」を模索し始めると同時に、韓国、中国、ロシアが朝鮮半島の南北を結ぶ鉄道の修復など具体的な「国際公共財」としての経済支援プロジェクトが進展してきたことにより軍事的なオプションが減少しつつあることにある。

このような、朝鮮半島の平和と安定に寄与する国際環境が整いつつある時に、小泉総理の決断によりピョンヤン訪問が実現された。これは「紛争と発展の可能性を秘めた北東アジア」に発展のモメンタムの形成と「歴史の清算」の絶好のタイミングである。

しかし、国際情勢は急変する可能性もある。最悪のシナリオは中東と朝鮮半島の火薬庫が同時に爆発することである。最良のシナリオは、イラクが国連の査察を無条件で受け入れ、戦争が回避され、さらに日朝国交正常化交渉が進展し、中近東と朝鮮半島の和平が同時に進展することにある。

北朝鮮はイラクの状況を見て、戦争というリスクの回避の道を選んだとすると、イラクは北朝鮮から「平和の一歩」を学ぶべきではないだろうか。冷徹な国際情勢はどのように変化するか分からない。こんな時こそ冷静に、仮にイラクで戦争が勃発した場合、どのような戦後復興計画が考えられるか、また戦争により世界経済、日本経済がどのような影響を被るか。さらに朝鮮半島において、「対立から協調」に変化した場合、いかなる安全保障と経済的、社会的メリットを共有できるか考察することが重要である。

イラクと北朝鮮の問題を見る限り、両者の問題には多かれ少なかれ関係があり、また戦争と平和は紙一重である。従って、国際社会は戦争回避の努力を最大限にすべきである。ワシントンで感じるのは、米国は単独でもイラクに対し先制攻撃をしかける可能性もあるということである。日本は、戦争回避に向けた一層の外交努力とをすべきである。また、北朝鮮に関しては、拉致問題を含む日本の主張を貫き、北東アジアの平和と安定のためのグランドデザインを描くことが重要である。国民は戦争回避によるメリットを真剣に考え、その実現のための努力をなすべきである。