1000億ドルの借金を抱える東電
執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】
2001年06月13日付萬晩報「元金を返済しないこの国の借金のかたち」で多くの企業にとって銀行からの借入金が自己資本的存在だったことを論じた。その続きである。
6月20日付日本経済新聞の証券欄のコラム「大機小機」に「借金は返済するもの」と題して日本企業の借金について萬晩報と同じような指摘があった。
60年代初めにある企業で銀行からの短期借入金をバランスシートのどこに記載するかが争点になった。アメリカの会計士が「期間三カ月の短期借り入れなので流動負債の中の短期借入金だ」と主張したのに対して、日本企業の会計担当者が「短期といっても期日が来ると自動的に手形は書き換えられるので実態からすると半永久的に継続する借入金だから自己資本に近い」と説明したというのだ。
そして「銀行から返済を絶対に求められないわけだから、企業にとって短期借入金は実は『自己資本もどき』の極めて安定した資金だったことになる」と締めくくっている。
90年代後半の銀行による貸し渋りとは、この「半永久」と錯覚した借入金の「更新」を断られたにすぎない。「すぎない」といっても、それまで営々と続いていた経営では返済無用だった借金が突然、返済対象になったのだから企業側にとってこれは天地驚愕的出来事だったに違いない。
●臨界点に達した借金王国
昨年経営破たんした百貨店グループのそごうは年間の売上高の二倍近い1兆8000億円の借金(有利子負債)を持っていたことが明らかになり世間を驚かせた。この大企業グループもまた元金返済の痛みを感じることなく新しい店舗づくりに邁進した。金利さえ支払っていればそごうグループに何も起きなかったかもしれないが、ついに借金総額が金利すら支払えない臨界点に達した。
もちろん見通しを見誤った出店計画や消費不況といった側面もないではない。破綻に到る理由はいろいろあるが、元金返済の観念が経営計画からすっぽり抜け落ちていた。
ゼネコン経営にも同じことがいえる。準大手の熊谷組の経営破たんもまた元凶は同根といっていい。こちらも売上高を大きく上回る1兆円という借金を抱えた。地価の暴落で内外のゴルフ場経営が行き詰まったことが破たんの引き金となったが、やはり経営者たちが元金返済を迫られる場面に遭遇するとは思わなかったに違いない。
●東京電力という名の借金王
では日本で一番借金をしているのはどこなのだろうか。もちろん日本国政府は断トツのトップ。民間企業では東京電力の約10兆円が「借金王」、2位はNTTの6兆円である。次いで関西電力、中部電力が4兆円台後半で並んでいる。取扱高が巨額で大規模な借り入れがあると思われている大手商社は、三菱商事が4兆円。後は数兆円規模でしかない。なんと無借金経営と思われていたトヨタ自動車でさえ連結決算ベースでは4兆円台の有利子負債を抱えている。
10兆円はほぼ1000億ドルである。調べたわけではないが、たぶん世界でもナンバーワンの借金企業なのだろうと確信している。東京電力が問題なのは売上高が5兆円しかないのにその倍の10兆円の有利子負債を抱えている点である。
過去の「会社四季報」をめくって分かったことは東電はこの10年に売り上げ規模がほとんど変わらないにもかかわらず、借金の規模を倍増させていたことだった。しかもこれは連結決算時代に突入した財務諸表上の変化。単独決算の時代にはどこかに5兆円規模の借金を隠していたということになる。 資本金6764億円、自己資本2兆円という巨大企業だが、自己資本比率は14%でしかない。持っている資産が資産だけにちょっとした地価の下落で数千億円の資産価値の下落を引き起こすことになる。事業用資産を時価評価することにでもなれば直ちに「債務超過」ということだってありうる。それほどの分量の借金なのである。
これまで東電は地域独占と、一定の利益を確保できる認可料金に支えられてなん支障もなく経営が成り立っていた。しかし昨年から始まった電力事業への自由化によって年間の利払い費用が5000億円という借金はもはや放置できなくなった。
東電はこの春、未着工の発電所の建設を当面見送ることを発表。その中に原発が含まれるのかどうかが議論になった。将来の電力需要が思うほど増えないことを理由にしているが、核心は借金が経営の重荷になっているということである。
余談だが、電力業界のすごさは90年代初頭までは5兆円近くの設備投資を行っていたことである。1999年度の製造業全体の設備投資額が4兆5000億円だったことと比較すればこのすごさが分かるというものだ。だがその巨大な設備投資を誇った業界が90年代後半に入って年を追うごとに設備投資額を減らしてきている。東電1社でも93年に1兆7000億円あった年間設備投資額が2001年度計画では9700億円。差額の7200億円はトヨタ自動車を含めた自動車業界の1年間の設備投資額に匹敵する。
本年度、東電は年間に3000億円程度の削減をする考えだ。今後毎年3000億円ずつ返済したとしても10兆円の返済には30年以上もの気の遠くなるような時間を必要としている。新規参入が相次ぐ電力市場でこれまで通り利益を確保できるかどうかさえ不透明な情勢で、電力会社にとって借入金の返済が今後の最大の経営課題となる。借金は不良ゼネコンやスーパーだけの問題ではない。