執筆者:文 彬【中国情報局】

米国防省の2000年度版国防白書に「2015年以降に、世界レベルで米国の競争相手となる潜在的可能性がもっとも大きい国」は中国とロシアだという警告的な文言が記されている。米露間の対弾道ミサイルシステム制限条約(ABM)への抵触を承知しながらも実施しようとする米本土ミサイル防衛計画(NMD)も、日本、韓国、そして台湾を巻き込む戦域ミサイル防衛計画(TMD)も、「ならずもの」と米国が決めつけた国々の脅威を防ぐものだとの建前上の理由があるものの、最先端技術を駆使して「潜在的な競争相手」と実力の差をつけたいというのが本音である。

また、アメリカがアジアでの勢力範囲を確保するための動きは今までより頻繁になってきた。日本、韓国など米軍基地のある国々で反米の気運が日増しに高まる中で、最近はそれ以外の国に浸透してきているのが特徴である。アジア・太平洋地域で相次いでいる米軍参加の多国籍軍事演習もその一環と見なしてよいと思われる。以下に、最近行なった多国籍軍事演習を演習の名称、時期、参加国順に羅列する。もちろん、どれも米軍を筆頭にしている。

●コーペラティブ・サンダー、1999年7月、米・豪・日・韓・インドネシア・マレーシア等。

●コープ・タイガー、1999年11月、米・タイ・シンガポール。

●バリカタン、2000年1月、米・フィリピン。

●コブラ・ゴールド、2000年5月、米・タイ・シンガポール。

●リムパック、2000年5月、米・豪・加・日・韓・チリ・英。

東南アジア諸国が米軍主導の多国籍軍軍事演習に積極的に加わったのは、それぞれの地域で紛争の火種を抱えているにもかかわらず、経済的な、あるいは軍事的な力量不足からアメリカの軍事的な援助を必要としているからだ。だが、アメリカから見れば、多国籍軍事演習に参加して東南アジアでの発言権を強めることができるばかりでなく、もう一つの大きな目的も達成できるのだから、まさに一石二鳥である。

それは中国包囲網を作ることである。地図上でこれらの軍事演習の地域を線で繋げてみると、あたかも中国に海上から包囲の網を掛ける格好となっている。いざというとき、中国は海上の逃げ道が塞がれてしまうことになる。もちろん、東南アジア6ヶ国(地域)と中国が領有権問題を巡って争っている南沙諸島(スプラトリー)についても、何時でも実力行使できるようになる。

戦後30年以上も続いた冷戦は70年代に入って米、中、ソという三極鼎立の様相を呈し、表舞台でも裏舞台でもし烈な駆け引きを繰り広げた時期もあったが、ベルリンの壁が崩れ、ソ連邦が解体したその時から、対抗が対話へ、そして協力へと氷山が一気に春の渓流に溶け、世界は戦争も危機もすべて過去のものになったかのような和やかなムードに包まれた。

またその時から、自分を牽制する勢力が無くなり、後顧の憂いが消えたアメリカの言行はしばしば強引になりがちだった。国際政治がアメリカ一極に傾斜し、国際社会はアメリカ合衆国の別名だという表現さえ生まれたほどである。コソボ紛争での米国の横柄な振るまいは、その端的な現われだった。

しかし最近、特にコソボ紛争を境目にロシアと中国の反米姿勢が再び鮮明になってきた。NATO軍の紛争介入にロシアも中国も猛烈に反対した。特にロシアは紛争が長く続けば、何らかの形で介入するだろうと危惧される事態も一時あった。

折悪しく、NATO軍戦闘機による駐ユーゴスラビア中国大使館の爆撃は、中国の反米感情を最大限に煽ったことになり、数年間苦心して築いてきた信頼関係が脆くも崩されてしまった。それ以来、「米国の暴行を阻止せよ」、「国が強くならなければ打たれる」などという民族主義高揚のスローガンが毎日のように中国マスコミを賑わしていた。

また、その後のチェチェン紛争や台湾海峡危機の中で、アメリカの強い抑止力を意識せざるをえないロシアと中国は、アメリカに対抗できる強い軍事力を持つ必要性と緊迫性を認識させられた。エリツィン元大統領が自ら後継者と選んだプーチン大統領が新政権をスタートした際、掲げた旗印は「強いロシア」だったが、もちろん強くしたいのは経済だけではない。また、中国国内でも反米的強硬派の発言権が強くなり、ミサイルを含む先端のハイテック兵器の導入にかつてないほど熱心に取り組んでいる。

香港の情報筋によると、最近行なった会議で江沢民国家主席は、アジアで戦略的な主導権を取ろうとするアメリカに焦燥感を示し、アメリカに対抗できるような新兵器の開発を指示したという。また、状況の変化により、今までの核兵器と軍縮に対する既定の方針も変えざるを得なくなるとも話したという。その背景には、TMD計画がアメリカの計算通りに実施されれば、中国の台湾への威嚇力はおろか、大陸の制空権もアメリカのコントロール下になってしまう恐れがあるからである。

だが、アメリカの戦略的な計画と動きで、アメリカの予測しなかった現象が生まれた。中露の関係がますます緊密になってきたのである。かつての中ソのイデオロギーの対立がなくなり、紛争が後を絶たない4,300キロもある国境問題もほんとんど解決済みである(境界線上にある幾つかの小島の帰属問題は懸案となっているが、すでに双方の貿易の拠点として共同開発が始まっている)ため、歴史の中でもまれに見る友好ムードの高い時期になったのだ。

ただ、それだけでは、エリツィン政権の対中政策を継続するプーチン大統領やそのスタッフと、ロシアにパートナー関係を求める江沢民国家主席やそのスタッフとの異常とも言える頻繁な顔合わせ、ホットラインによるたびかさなる会談の理由を説明しきれない。たぶん、顔合わせや会談をする時、双方の脳裏を過るのが何時もアメリカの影であるは間違いない。

7月26日、沖縄サミットから帰国したプーチン大統領は、ホットラインを通じて江沢民国家主席と1時間以上も話し合った。話題の中心は、両首脳が北京で調印した「北京宣言」と「反NMD宣言」、これから締結する「中ロ善隣友好協力条約」以外に、軍事的な協力関係についても真剣に意見を交換したという。ミサイルなどハイテック兵器の共同開発、共同軍事演習、ミサイル部隊の将校の相互訪問、150億ドルに上るロシア製兵器の購入など、より具体的な協力分野についても合意したという。

先日、ロシア外務省のアジア担当官がラジオ局「ロシアの声」のインタビューで、中国とインドの国境問題に関する協議が大きく前進したことについて歓迎する意向を表明したと同時に、近々プーチン大統領がインドを訪問し、インドの国連安保理常任理事国加入問題と、中・印・ロの戦略的な連盟関係についてインドの首脳と意見交換を行なうとの情報を漏らした。

最近の北朝鮮、中国、ロシア首脳の相互訪問、「上海5ヶ国」(7月5日上海首脳会議に参加した中国、ロシア、キルギスタン、タジキスタン、カザフスタン)の中の中ア3ヶ国も考慮に入れれば、アメリカに対抗するアジア勢力範囲はさらに拡大する可能性も否定できない。

また、プーチン大統領は、台湾有事の場合には、ロシアの太平洋艦隊が出動しアメリカの第7艦隊を阻止すると江沢民国家主席に約束したという。この「人民日報」系国際情報紙「環球時報」にも載ったニュースは、多くの軍事専門家にとっては非現実的なことであり、根拠のないデマだと否定されたが、中露の軍事的な協力関係はますます強固なものになり、国際紛争が起きる場合、共同軍事行動に出ることも十分考え得る。

まさに、新たな冷戦が到来しようとしている。アメリカの国際政治学者ではこの新たな冷戦は今までの冷戦との違いを指摘し、「コンガジメント」(Congagement)という表現を使う。「Containment」(封じ込め)と「Engagement」(約束、交流)を組み合わせた新しい造語である。確かに、アメリカはNMD計画とTMD計画をロシアにも認めてもらおうと努力しているし、東南アジアで多国籍軍事演習を積極的に進める傍ら、中国の軍の高層部との交流をも常に求めている。また、中国とロシアも同じように硬軟両用の手口を使い分けている。一方は相手に技術と投資を、もう一方は相手に市場を期待しているからである。

このコンガジメント現象は21世紀にも継続するだろうと思われる。しかし、一旦軍縮が軍備競争に変わると、何時か世界各地に散在している火薬庫のコントロールが効かなくなり、最終的にはコンガジメントのバランスが崩れる時が来る。
【参考】

1. 筆者の関連コラム:「プーチン大統領の東亜歴訪と沖縄サミット」

http://village.infoweb.ne.jp/~fwgc0017/0007/000721.htm(萬晩報)

http://searchina.ne.jp/column/column.cgi?view=219&page=219(中国情報局)

2.「コンガジメント」をキーワードに米中関係などを解説するサイト:

●Recipe for a New China Policy

http://www.rand.org/publications/RRR/RRRwinter00/sweet.html

●LAT-Hawk-Plus-Dove

http://taiwansecurity.org/LAT/LAT-Hawk-Plus-Dove.htm

●ISSUE FOCUS

http://www.fas.org/news/india/2000/wwwh0m16.htm

●Week of September 23, 1999

http://www.uscpf.org/news/1999/09/092399.html

●Commentary Magazine — January 2000

http://www.commentarymagazine.com/0001/symposium.html

●TSR-Papers

http://www.taiwansecurity.org/TSR-Papers.htm

文さんにメールはbun@searchina.ne.jpへ