執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

戦前の計画が踏襲されて優先された名神の建設

1963年、日本の高速道路は栗東ー尼崎間の71キロが開通して以来、36年間に供用した総延長距離は6450キロを超える。南北の幹線である東北縦貫道、東名道、名神道、中国縦貫道、九州縦貫道がノンストップでつながった。

首都圏から放射状に常磐道、関越道、中央道が広がり、関西圏からは日本海側を結ぶ北陸道、近畿道などが整備され、1980年代以降は幹線を交差するような枝線の建設が佳境に入っている。最終的には1万1520キロの高速道路を建設する計画である。

東名、名神道の建設には面白い逸話がある。そもそも日本が初めて「高速道路」に取り組んだのは1940年のこと。旧内務省が「全国的自動車国道計画」を作り、北海道から九州まで日本を縦断する道路網が描かれた。1943年に東京ー神戸間の建設調査が実施された。

戦争の最中である。政府部内からは「戦局の苛烈化のおりから、狂気のさただ」と批判され、当然ながら建設は差し止められた。その調査では「東京ー神戸間で、最も緊急の課題とされたのが名古屋ー神戸間」だった。軍事関連の生産が神戸と名古屋に集中していたからなんの不思議もない。

逆に役人の発想というのは簡単だ。いったん、つくられた計画は周りの事情が変わって遂行されるのだ。戦後なぜ東名道ではなく、名神道が先に建設されたのか。単にその10数年前の計画が名神優先だっただけのことなのだ。多くの日本人が疑問に思っていた疑問が氷解する逸話でもある。

また当時、ドイツでは世界初の自動車専用道路であるアウトバーン建設が着々と進んでいた。ドイツに遅れまいとする内務官僚の心意気が感じられるだけではない。この「全国的自動車国道計画」は中国から中近東を経て欧州に到り、一方ではカムチャッカからアラスカを経由して米国にもつなげるという壮大な夢もはらんでいた。

●後ろ向きの投資を許したプール制の導入

日本の高速道路建設の中心的役割を担ってきたのが日本道路公団だ。現在の資本金は1兆452億円。8900人の職員を抱え、年間の予算規模は約5兆3000億円。建設費用はその25%でしかない。30数年間に20兆円を超える建設費が投入されているため、6割以上を過去の借入金の返済に充てている。

大まかにいうと、公団の純粋の収入は2兆1000億円の通行料しかない。あとはほとんどが借金である。郵便貯金からの間接的な借金は2兆1000億円である。こんな経営が何年も続いている。経営の破綻は目に見えている。

日本の高速道路は通行料で建設費を賄い、償還後は無料開放するはずだった。名神高速道路は1963年の全線開通からすでに30年を過ぎ、本来ならば無料開放が始まる時期となっている。しかし、政府は高速道路の通行料金制度を1975年から「プール制」に変更した。プール制は、通行量の多い幹線道路の収益で新たに建設する地方路線をも維持するという考え方だ。その時から無料開放の「無期延期」が決まっただけでなく、通行料の値上げも相次ぐようになった。

もちろん建設費の高騰は大きな理由となった。しかし根本には、採算性の低い地方路線の建設工事が次々と始まったことによる影響が大きかった。本来ならば、30年間の通行料で償還できるはずのない路線には、違う料金体系を導入するか、国や自治体の補助金をつぎ込むかしないかぎり有料道路として成り立たない。プール制の導入によって、地方路線の建設が進めば進むほど幹線道路の通行料を値上げしなければならないというジレンマに突き当たることになった。

さらにプール制は、幹線の収益で地方路線の建設を進める一方で、渋滞が増す幹線道路の拡幅工事が後回しになり、結果的に経済活動の非効率的さを増すという後ろ向きの効果ももたらした。

●夢でないアジアとつなぐ日本の高速道路

すでに述べてきたようにかつての高速道路の建設は、欧米の最新技術を日本の道路建設に導入し、国際入札など多くの合理的な制度をもたらす効果を果たしてきた。しかし、現在の日本の高速道路建設は巨額な予算を消化する利権集団の場に化している。

日本道路公団自体では8900人の職員で構成しているものの、多くの子会社や孫会社を抱え、どれだけの人員の雇用の場になっているかさえ明らかにしていない。公団組織の非効率性が国民的批判を浴びるようになっているのだ。

高速道路の建設は国民に「速く、遠く、自由に」というモータリゼションの夢を与え続けてきた。だがいつまでも「安く」という夢はお預けのままである。政府や建設に従事してきた技術者たちも「夢を追及」する時代は過ぎ、高速道路建設を「生活の糧」とする時代に入っている。首都高速道路など大都市圏の高速道路は渋滞時には「有料駐車場」と化しており、いつのまに高速道道路は「遅い」「高い」ことが国民的課題となった。

一方、世界では公共事業を効率的に進める方法として1980年代後半から民間委託のBOT(ビルト・オペレーション・トランスファー) 方式によるインフラ整備が世界的に注目されはじめるなど公共事業をめぐる新しい世界が開けつつある。

中国南部の珠河デルタをめぐり香港ー広州ー珠海をつなぐ計画のハイウエーは、香港の財閥ホープウエルが中心となって建設を進めている。バンコク首都圏の高速道路建設でも日本の熊谷組によるBOT建設がスタート台となった。

国に資金や技術が集中していた時代には、インフラ整備は政府の役割だったが、21世紀には競争原理が最も高い水準の技術と安い資金を世界中から導入し、かつての国の役割を果たすようになるだろう。

これまで日本の高速道路の建設技術は政府開発援助(ODA)を通じて開発途上国で役立ててきた。しかし、こんどは学ぶ時代である。「まずコストに見合った技術」そして「スピード」である。

3月訪れたマレーシアの高速道路ではカードを利用したノンストップの料金ゲートが随所にみられた。欧米の一部ですでに導入されているシステムである。日本でも年内に一部の高速道路でスタートすることになっているが、渋滞を防ぐ先進技術の導入がアジアにも遅れた事実をわれわれは反省しなければならない。