往来堂書店が挑戦するいま評判の本屋
執筆者:竹中 恭子【イラストレーター】
◆違い生む独特な書籍配置
個性的な本屋が増えてきている。東京・千駄木の往来堂書店に行ってきた。なにが有名かというと広さではない。20坪ほどのごく小さな書店で、営団地下鉄千代田線の千駄木駅前を走る不忍通りを上野方向に歩いて5、6分の所にある。
店に入れば一目瞭然。まったくといっていいほど普通の本屋と書籍の置き方が違っている。
まず、びっくりするのは、足元の床に雑誌が置いてあること。すのこ(ふろ場にある、あれです)の上に置いてあるものの、一般書店では一番目につきやすい所にあるはずの雑誌のほとんどが床にあり、目線を上に移していくに従って、それらの雑誌に連するテーマの書籍が書棚にならべられている。
例えば、釣り雑誌やアウトドア雑誌の上に日曜大工や園芸の本。左の方に地球環境の本や土と堆肥の本、ごみ、リサイクルの本。さらにNGO活動やボランティア、ホームヘルパーや在宅ケアの本というふうにテーマが連想ゲームのように広がっていく。
あいうえお順でもなければ、ジャンル別でもない。さらに言えば、サイズや形態別でもない(新刊本と雑誌の別冊や写真集、文庫までが一緒の棚にある)。あくまで編集されたテーマによってつくられた棚なのだ。しかも、この棚、毎日変わる。情報は生き物、本も野菜や魚を仕入れるのごとくという、店の方針によって煩雑に仕入れが行われ、読者にとっては誠にありがたい。探したい本が、すぐに見つかる本屋なのである。
この感性を生かした情報整理術とでもいうべき棚づくりをしているのは往来堂書店の店長・安藤哲也さん(35才)。出版社の営業職として千店もの書店をみてきた経験を生かして1985年に大塚駅前にある田村書店の店長になるや、またたく間に、この規模の店としては驚異的な前年比20%増の売り上げを記録。さらに1997年、ここ千駄木にも姉妹店の往来堂書店をオープンさせてしまったというキレ者だ。
往来堂書店の総売り上げは月間約800万円、坪当たりの売り上げは13000円。一日の平均購買数は約250人。これも赤字に苦しみ、閉店が相次ぐ書店業界のなかでは驚くべき数字だ。
◆いつか読む本でなく今夜読む本
「ビジネスチャンスがあるにもかかわらず、多くの『街の本屋』が『雑誌&コミック販売所』から脱却できないでいる」と同業者に直言する安藤氏のモットーは「うちで扱うのは、いつか読む本ではなく、今夜読む本」。
効率のみを重視して「パターン配本」という悪しき方程式に頼って売どころを見失っていろ版元や取り次ぎ営業の怠慢をも指摘しつつ「本というのは答えじゃない。さまざまな情報の選択肢の一つとして書店が読者が本と出合うための手助けができれば」と言う。
「毎日、棚をさわっていると、お客が手を触れた跡がある。迷った末に買わなかったなとか、こういう傾向のものを見ていく人が多くなったなとか、本を見ると分かる」
だからこそ、何が必要とされているのかを読み取り、素早く対応しているのだという。
「ここの棚から、ここへ本をひょいと動かしたりすると売れたりするんです。面白いものですよ。それを怠ると、どんどんデットストック化してきますから」
不況のさなかで売り上げを伸ばしていくのには、さまざまな工夫が必要だ。こうした元気で個性的な「街の本屋」が増えるということは、読み手を育て、ひいては地域の文化度をアップさせるという役割も担っていくに違いない。(社会新報から転載=たけなか・きょうこ)
竹中恭子はイラストライター。新聞、雑誌にイラストや文章を掲載。著書は「まりもちゃんのアトピー・ライフ」「まりもちゃんの野菜かんたんクッキング」(農文協)など。マスコミ人の親睦会である「ライターズネットワーク」会員。
竹中さんへtsukiko@imasy.or.jp