執筆者:鈴江 康二【】

1997年7月のタイ・バーツの急落に端を発したアジア通貨危機は、東南アジア域内諸国のみならず韓国にまで波及、同国は緊縮政策と引き換えにIMF融資を受けることでようやく生き長らえることができた。しかし、IMFによる緊縮政策や財閥主導体質の改善といった荒療治は、これまで活発に展開されてきた韓国の対ベトナム投資を停滞させ始めている。韓国は累積投資額31億2400万ドル(認可ベース、1998年1月20日現在)で第5位の有力投資国。だが、ここにきて撤退や事業縮小に向かう企業が目立ってきた。

●破竹の勢いだった韓国

首都ハノイの西半分は90年代後半に入ってガラリと街の様相を変えた。湖沼は埋め立てられ、今では同市有数の高級住宅地に生まれ変わった。その中心にそびえるのが大宇ホテル。総投資額1億8000万ドル。韓国大使館も入居するビジネス・センターを併設、ハノイ随一の高級ホテルとして韓国経済の力をハノイ市民に見せつけた。

事実ここ3、4年、韓国企業のベトナム進出熱には圧倒されたものだ。ハノイやホーチミン市の空港では、ゴールドスターの広告入りカートがずらりと並び、ロビーにはサムスンのカラーテレビ。タクシーで市内に向かえば大宇の屋外広告が目に付き、乗っているタクシーはこれまた現地で組み立てられた起亜自動車。街には焼き肉レストランも数軒オープン、キムチを毎日デリバリーしてくれる。ビジネスマン以外に留学生も殺到、添乗員に先導されたオモニたちが、ホーチミン市の名所を大型バスで観光していく。そしてそのバスは現代自動車製--などなど。表面的にはオーバープレゼンスだといってもいいくらい、韓国はベトナムで破竹の勢いだった。

●銀行も事務所閉鎖へ

しかし、厳しいIMFプログラムの履行を科された現在、韓国の各企業はベトナムという短期的には採算のとれない投資先を切り捨てざるをえなくなった。巨額の対外債務を抱える金融機関も同様で、先週にはロイター電が韓国商業銀行や開発銀行、輸出入銀行など8行が、駐在員事務所の閉鎖と撤退を決定したと報じた。

各商社も軒並み駐在要員の見直しに動き出しており、「ウオール・ストリート・ジャーナル」によれば、ソウルに本社を置くサン運送は今年1年間で1000人以上のベトナムからの帰国者を予測している。また、駐在員の給料や諸手当も減額を余儀なくされ、授業料の高いインターナショナル・スクールでは来学期、韓国人子弟の本国転校が増えると予想されている。韓国人ビジネスマンでにぎわったゴルフ場は閑散とし、会員権を手放す人も増え、夫人たちのエステ通いも少なくなった。1万人強のホーチミン市在住韓国人の内、少なくとも1000人、800人強のハノイ在住者の内、100人ほどが年内に帰国するだろうと、サン運送では見積もっている。

●高まる雇用不安

このような中、ベトナム人の間で雇用不安が深刻化している。AP-ダウ・ジョーンズ電によれば、ベトナム政府は進出韓国企業の1-2割が今年上半期にベトナム人従業員を整理・解雇するだろうと予測している。先ごろ現地を訪れた日本の経済交流団体によれば、ベトナム労働総同盟幹部が雇用問題についての懸念を再三、表明したという。韓国の中小企業は衣料やカバン、靴など労働集約型産業への投資傾向が強く、労働強化や残業代不払いなどで常に労働総同盟との間で摩擦を起こしてきた。しかしその雇用創出力は大きく、これら中小合弁事業の縮小や撤退はベトナム側にとって深刻な問題になっている。

ダウ・ジョーンズ電によれば、昨年11-12月の2ヵ月間でホーチミン市の衣料や製靴などの外国合弁工場で3000人の労働者がレイ・オフされ、そのほとんどが韓国系工場であった。ホーチミン市についでこれら合弁工場の多いドンナイ省など他地域の失業者数は当局によって把握されていない。労働総同盟の機関紙「ラオドン」は5000人がレイ・オフされたと伝えており、多くの工場で旧正月前のボーナスがカットされたとの報告もある。

また、韓国はこれまで多くのベトナム人労働者を受け入れてきたが、約1万3500人の出稼ぎ労働者が韓国からベトナムに帰国を余儀なくされたと、「ウオール・ストリート・ジャーナル」は述べている。海外出稼ぎはベトナムでも主要な外貨獲得源になっており、世界各国への出稼ぎ労働者25万人からの送金は、昨年1年間で10億ドルにのぼったという。(1998年3月13日号)

筆者は毎日新聞社勤務。ホームページ「現代ベトナム研究所」を運営してベトナム関連のコラムを執筆しています。