否定できなくなった仮想国家「台湾リンケージ」の存在(HABReserch&Brothers Report)
執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】
●アジア華僑は4000万人
NIESの4カ国・地域のなかで、韓国を除く台湾、香港、シンガポールが中国系を中心とした社会を構成する。華僑社会の形成は17世紀にまで遡らなければならない。貧しさゆえ、あるいは一攫千金を狙って郷里の大陸を後に新天地を求めた。アジアに根づいた中国人は、それぞれの土地で地縁・血縁を中心に中国的社会を作り上げていった。
土着した中国社会に戦後、さらに押し寄せたのは中国共産党の支配を嫌った人々だ。台湾には共産党との内戦で敗れた国民党とそこ家族を中心に数百万単位が移り住んだ。着の身着のままとはいえ、食べること以外に価値観を持った比較的裕福層もしくは、知的レベルが高かったりで、古い世代の華僑とは趣きを異にする。
全世界に散らばる華僑の人口は約4000万人といわれる。韓国やタイ一国に匹敵する人口である。その過半が東アジアを拠点に活躍している。台湾のほとんどが福建省からの移民で2000万人、香港は600万人、シンガポール260万人。インドネシアは300万人、マレーシア200万人と推定されている。現地経済を牛耳ってきたことはまぎれもない。
一口に華僑といっても出身地によって言語、習慣など細かい違いがある。広東省と福建省の出身が最も多く、広東省の場合はさらに細かく海南島、潮州、客家など地域に分かれる。中国南部は山がちな地形で山一つ越えると話す言葉も違うほどの多言語国家である。中国自身が数千年にわたる抗争の歴史を繰り返してきただけに血のつながりや出身地という共通の価値観に求心力を求めてきた。このため彼らが出稼ぎのため海外に渡るときも地縁・血縁を頼りにした。
そうした意味で、東アジアに点在する華僑ネットワークは西洋民主主義では計り知れない強力な人的つながりを維持してきた。特に香港という土地柄は、母国である中国が社会主義化したため華僑にとっては特別な意味合いを持つようになった。大陸のほんの小さな土地だが自由経済が唯一認められた母国とつながりのある空間だった。戦後、しばらく東アジアは政治経済ともに不安定だったため、蓄財や資金運用の場としても英国が保証した自由香港はかけがえのない経済活動の拠点だった。
●浮上する福建省系ネットワーク
アジアで活躍する華僑経済を子細に分析すると、福建系の華僑リンケージがことのほか大きな広がりを持っていることに気づくだろう。インドネシアの華僑300万人のうち実意55%が福建系。マレーシアも200万人のなかで45%を占める。フィリピンにいたっては90万人中90%が福建系となっている。マレーシア、インドネシア、フィリピンへの投資額が1990年代前半のある時期までまで台湾がトップだったことは、ASEANへの投資の火付け役が台湾資本であったことを物語る。
このほか対岸の福建省やベトナムではいまだに台湾からの投資がダントツのトップである。タイで台湾勢の進出が少ないのは、タイの華僑社会の中核をなしているのが潮州華僑であることと無関係ではない。
台湾の人口は現在2000万人程度。対岸の福建省は3000万人。東南アジアには800万人の福建系華僑がいると推計され、合計すると約6000万人。戦前の日本よりはやや少ないが、英国やフランスを上回り、統一ドイツに匹敵する。台湾企業のアジア投資が拡大し、現地華僑社会との結びつきを強めることになれば、好むと好まざるとを問わず南シナ海に6000万人を擁する仮想国家「台湾リンケージ」が確立することになる。華僑の強みはこんな断面でも見られることができる。
アジア通貨危機を発端に、台湾政府が年初から閣僚級人材を各国に派遣し、経済的支援を武器に存在感を高めようとし、中国も対抗措置に出ている。しかしこの勝負ははじめから見えている。福建語を仲介としてアジアと台湾は太いパイプで結ばれているからだ。