フェアな競争に待ったをかけた松下本社(HABReserch&BrothersReport)
執筆者:伴 武澄【共同通信社経済部】
1980年代後半、米国松下は取締役に多くの米国人を採用した。それぞれ、反トラスト法(独禁法)、特許法、PL法、アファーマティブ・アクションを専門とした弁護士だった。反トラスト法は今世紀はじめにアメリカで初めて法制化され、それこそ100年近い歴史を持つ。遠くは鉄鋼業やたばこ産業が独占を理由に分割され、1980年代にはAT&Tが競争力強化のため独占排除命令を受け分割した。
自由経済を標榜するアメリカの産業社会の最大の道徳的規範は「アンチ・トラスト」にあるといって過言でない。独占は自由競争を阻害するだけでなく、なによりも「アンフェアだ」という信念が強い。日米間の経済摩擦での日本たたきの常套句は「アンフェア」であった。「フェアネス」は国民に最も理解され、信奉されている理念でもある。
PL法は、企業に対して損害賠償を求めるときに、消費者側は損害が発生した因果関係を立証する責任を負わされず、企業側に因果関係がないことを立証する責任を求める仕組みだ。アファーマティブ・アクションは入学や企業の採用に際し、社会的弱者や少数民族に一定の枠を強いる制度だ。PL法もアファーマティブ・アクションも反トラスト法と同様に、自由競争の中で弱者が強者に対抗する手段として導入された。アファーマティブ・アクションは1990年代に入って自由競争を求める勢力から悪平等と批判にさらされている。だがまだ廃止する気配はない。
1980年代後半、日米経済摩擦が高まった折り、日系企業はこぞってこれらの措置への対応策を取った。米国松下が多くのアメリカ人弁護士を採用したのも当然の対応だった。しかし、問題はそれまで「シャンシャン」で終わっていた取締役会が「議論の場」になったことだった。大阪府門真市の本社から来る指令は「なんとかしろ」。根回し社会の日本本社にとっては取締役会での議論は「やっかい」以外の何物でもなかった。アメリカ法人の日本人幹部にとって「どちらを向いて仕事をするか」判断に迷う場面もあったが、彼らは明確に「アメリカ」を選んだ。
当時、アメリカ法人の幹部だったある松下マンは嘆いた。
「本社はアメリカで何が起きているかまったく分かっていなかった。税金にしても特許法にしても日系企業は外国人としてお目こぼしを頂いていただけだった。やっと一人前の企業として取り扱うようになっただけなのに。アメリカが当時、余裕がなくなっていたのは確かだったが、外国企業への課税強化などはなかった。外国企業に少数民族をちゃんと雇用しているか調査もあったが、それまで日系企業がアメリカの義務を果たしていなかっただけだった。アメリカ人を採用しておいて議論するなという方が無理だ。日本も形骸化した役員会などやめて、そろそろアメリカに習った方がいい」
米国松下は、アメリカで1万人以上を雇用する大企業。もはや外国からきた”弱者”ではなくなっていた。アメリカは脱法行為をもっとも嫌う国民性がある。アメリカの多くの企業と同じように日系企業も多くの法律の専門家を雇用することは理にかなっていた。
米国企業の役員も兼ね、毎月のように渡米している大手鉄鋼の役員から、興味あることを聞いたことがある。上場企業の役員会の議事録はほとんどがニューヨークのSEC(証券監視委員会)で閲覧できるし、案件ごとの個々の役員の賛否も分かる。給与やボーナスの金額もまた個々に公開されているという。PL法で有罪になるかどうかは役員会での発言次第だから、論議が真剣勝負となるのは当然。会議で明確な「反対」の意思表示がなければ、その案件について「異論がなかった」と認定される。特に反対の際には速記者に「テイク・ノートしてください」と確認することも重要だ。
ソニーが、昨年からアメリカ型の役員会の導入を決断した。連結ベースでの海外の売上高や利益が半分以上になれば、当然のことかもしれない。日本では、異質のものが入ってくる度に、国民性がどうのこうのという議論をする。世界に雄飛するにはそれなりの覚悟が必要である。外国語ができるできないなどといったことで右往左往するのはレベルが低すぎる。松下電器産業は、社長の世襲制の是非を議論しているような時期ではないと思う。