1日の返還式典をはさんで1週間、香港に滞在した友人から便りが来た「港人治港(香港は香港人が治める)」。揺れる香港を見た彼の手紙は、その言葉で締めくくられていた。返還のカウントダウンを待つ香港は街中が祇園祭りだったという。満員電車なみの混雑、降り注ぐ雨。人々は汗と雨で全身をぬらしながら「香港、香港」と唱和し、午前零時にはウォーという叫び声がビル街にこだました▲友人のいた場所から歩いて十分ほどのセントラルにある譲会ビル前では民主派が集会を開いていた。「言論の自由」を叫び、黒地の中国国旗を掲げ、「江沢民と李鵬はやめろ」とアジ演説をした。民主派は翌日もデモを繰り返した▲友人はその光景を前に8年前の天安門事件を思い出していた。香港の人々も同じ思いだったようだ。人々はかつて中国大陸に吹き荒れた文化大革命の恐怖を忘れ去ったわけではない。しかし警察は介入しなかった。夜が明けると雨は強さを増し、翌2日からは50年の観測史上、最大の豪雨になった。交通網は寸断された。地元紙はその雨を「黒雨」と表現した。155年にわたった植民地一又配を洗い流すのか、自由の行方を心配するのか▲香港で染色工場を経営する彼の友人は「返還は当然だが赤い旗はどうも…」と言い、解放軍進駐を誇らしく見た75歳の父親は、満面の笑みの中で「よかった」と答えた。香港の五星紅旗はまだためらいがちに翻っている。植民地時代の香港は完全な経済的自由を与えられたが、それは英国がくれた自由だ。「これからはわれわれが」と息子が顔をひき締める。その言葉に友人は返還スローガン「港人治港」を思い重ねた。日本はどうだろう。いつか県人治県の時代が来るのだろうか。