農政審議会(武田誠三会長)は、ウルグアイ・ラウンド合意後の日本農業の抜本的改革を示した報告書を十二日、村山首相に提出する。食糧管理法の廃止を柱に 生産・流通両面の大胆な自由化を求めている。「食管制度の根幹を堅持する」としていた農水省が、農政審報告に名を借りて一転、抜本改革へ向け大きくかじを切ったのはなぜか。
 ▽「農協も覚悟を」
 「まさか、本気なのか」―。七月二十五日、大詰めの食管改革論議を見守っていた全国農協中央会 (全中)に衝撃が走った。この日朝、全中の高野博常務理事は食糧庁の堤英隆管理部長に呼ばれた。堤部長は重々しく口を開き「大臣の決断です。農協も覚悟してください」と、食管法廃止の決定を伝えた。
 それより五日前の二十日、全中は自民党の「食管改革の素案」を入手していた。選択的減反に加えて、 流通は原則自由という大胆な内容だった。農協側には「相当踏み込んだ改革が打ち出される」 (全国農協連合会米穀事業本部)との読みもあった。しかし「食糧庁を抱える農水省が食管法廃止を言い出せるはずはない」と高をくくり、農水省と自民党の変身を読み切れなかった。
 当初、農水省はコメのミニマムアクセス(最低輸入量)への対応など、当面は食管法の改正を最小限にとどめる方針だったが、七月に入って抜本改革へ大きく軌道修正した。ある農水幹部は「政権交代がきっかけだった」と打ち明ける。
 ▽まかり通る無法
 「食管改革の素案」は五月、当時まだ野党だった自民党の大河原太一郎農林部会長(現農相)が自らまとめたものだった。農水省の改革派OBは「改革を目指す大河原という農政ボスが大臣だという機会を逃すな」と現役にゲキを飛ばした。
 農相周辺によると、大河原氏が改革路線に転じたのは「城南電機による自由米販売ショックだ」とする。「法を無視したこんなことがまかり通るのでは食管制度はもたない」と考えたという。
 農相就任後、直ちに素案を基に自民党と農水省が極秘で調整に入り、改革派が息を吹き返した。大河原農相によれば「食管法廃止は最初からあった案ではない」が、自主流通米の導入で政府によるコメの全量管理体制はとっくに崩れており、「流通ルートの特定」も昨年来の凶作で有名無実になった。
 素案に盛られた減反の選択制と流通の原則自由化を受け入れると、現行食管法の矛盾が噴出するのは明白だった。
 「大臣の決断」で食管法廃止の方向が決まると、農水省は省内を挙げて各方面へ根回しに走った。「マスコミ報道を先行させて世論づくりを進め、農政審報告に改革の考え方をにじませる旧来の官僚テクニックは(今回)必要なかった」(官房企画室)。
 ▽反対わずか2人
  今月二日の農政審で、食管法廃止を明確にうたった会長試案が公表された。二十一人の委員中、反対意見を述べたのはわずか二人。農水OBの中野和仁日銀政策 委員は激しく抵抗したが、後の祭りだった。食管堅持を主張して譲らなかった全中も四日後、会長試案を評価する談話を発表、変わり身の速さを見せた。
 農政審委員の一人、竹内宏長銀総合研究所理事長は農水省が大胆な改革に踏み切った背景についてこう語る。「七月後半に風向きが変わった。引き金は昨年来のコメ不足だ。農民は自由に売るうま味を覚えたし、国民は食管法の矛盾を痛感した。食管法廃止は熟柿 (じゅくし)が落ちるように自然だ」。
  ラウンド交渉にかかわったある外務官僚は「農水省がここまでやるとは…。ラウンド合意をなじった自民党農水族の変ぼうも信じられない」とまだ半信半疑。全中幹部は「農政の急展開に政治もぼう然自失の状況。選挙区の圧力を受け、法案策定では巻き返しがあるはず」と読む。農業改革は手探りの中、歴史的な第一歩を踏み出した。