このコラムを自炊していて感じたことは「日本のビール価格はほぼ30年間変わっていない」ということだった。日本では物価時間が30年にわたってフリーズしてきたということである。インフレなき経済はある意味で理想ともいえるのだが、一方で国家や自治体の予算規模は右肩上がり。税収はようやく30年前の水準に戻りつつあるが、増えた予算の歳入不足はすべて借金で賄っていることになる。一定のインフレ率のある社会では過去の借金の目減り現象が起こり、普通なら30年も経つと過去の借金負担は半減するはずなのだが、この日本では「目減り」がまったくない。ただただ借金が増え続けることになる。(2021年5月27日記)

 経済記者になって以来、価格に敏感になっている。中でもビールはどこにいて、毎晩口にするものだから、敏感にならざるをえない。
 86年、香港での缶ビールは日本円換算で50円程度だったように思う。89年、米国出張時はワシントン市内のスーパーから酒屋までビールの値段を調べ歩いた。缶ビールを1本で買うと1ドル内外するものが、6本では70-60セント、カートンで買うと安いところでは40セントぐらいまで落ちてくる。
 店員の手間を考えれば一度にたくさん買えば安くなるのは当然だが、当時の日本ではどこで何本買おうが缶ビールは220円だった。そして一番理解できなかったのは、日本のビールまでが国内の3分の1から4分の1の価格で売っていた事実だった。゜
 瀬戸社長にお会いした時「あれでもうかるのですか」と質問、「あれは広告宣伝みたいなもんだ」と言われ、納得した。
 それはそうだ。太平洋を渡ったビールの小売価格が、国内の工場出荷価格より安いのだから、もうかるはずはない。
 実はもう一つ質問した。「日本製品は、家電で自動車でも世界有数のブランド。世界で知られていないのは、ビールとたぱこぐらいなものではないですか」。答えは「今後はわれわれも、もっと海外展開に力を入れていく」としごく当然なものだった。半年後、中国への本格進出の発表があり、北米での生産も射程距離に入った。あのとき、もっと突っ込んで社長に取材すれぱよかったと後悔した。
 中国で生産を開始すると、いろんなことが見えてくると思う。まず価格だ。日本の3分の1から4分の1のコストで作らないと、利益どころか1本も売れないだろう。そうなると、コストの大半を占めるビール缶の調達は重要な課題となる。広東省でポトリングしているコカコーラのアルミ缶は、台湾製と聞く。
 中国で売れるビールの製造が始まると、理にさとい中国人のことだから、アサヒが日本に輸出しなくとも流通段階から「中国製スーパードライ」が上陸する。そうなるとどうだろう。ビールの価格戦争はDSやスーパーの安売りどころではなくなる。
 企業の国際化は一方通行ではない。宣伝のつもりで利益を度外視して輸出している国産ビールも、そのうち写真用フィルム同様、日本に還流してくる。
 ここ数年、ビール業界では「鮮度」と「味」の差別化がシェアを勝負づけた。価格に無頓着なところが多分にあったと思う。営業目標はシェアの拡大だった。
 90年代後半は、これに「価格」が加わる。すかいらーくの社長が、おもしろいことを言っていた。ボーダーレスの時代には、ドルで食事の価格を考える必要がある。サラリーマンの昼食は、やりぱり1ドルでは高すぎる」。そして、ローコスト・オペレーションのガスト店の展開に乗り出した。