毎年、不景気の12月は大蔵省にとって一番頭の痛い時期です。年末までに翌年度の予算を編成する必要があり、税収見積もり、つまり収入予測が極めて難しいからです。とくに今年の12月は景気減退のあおりを受けて、所得税や法人税などの税収不足が確実な上に、与野党や財界の一部から財源確保のため、「赤字国債の発行もやむをえない」との声が相次いでおり、極めて厳しい選択が迫られそうです。一方で、個人消費を刺激する手法として、所得税減税を要求する声も強まっています。景気対策とからめて、「赤字国債発行により所得税減税を実施せよ」ということですが、ただでさえ税収不足が深刻なことに加えて、新たな財源確保を詐段しなければならなくなります。
 赤字国債の発行は、いわば人件費や事務費といった経常経賞をも借金で埋め合わせるものです。家計でたとえれば、月々の食費や衣料費まで借金で賄うようなものです。収入が減少するからといって、そうした出費まで借金を計画するのはどうみても無謀といわざるをえません。しかし国の予算では経済成長の維持という課題も無視できません。国際経済の安定や国際貢献の観点からも簡単に出費を減らすことは難しいのです。
 常々わたしたちは増税には敏感ですが、国の借金にはあまりにも無頓着ではないでしょうか。国債の増発は子どもや孫の世代に負担を残す問題です。厳しい予算編成に当たってわたしたちもいま一度、国の借金のあり方についても考えてみる必要があるのではないでしょうか。
 財政の借金は10%
 国の予算は基本的には税金で賄うことを前提としています。不足分は借金、つまり国債発行に頼ることになります。現在では公共事業といった。国民の資産となるものは国債を発行して賄い、教育費や社会保障費、防衛費など経常的経費は税金で負批しています。
 国債は国の借金です。本来色分けはないはずですが、一般的に公共事業のために発行する国債は「建設国債」、経常的経費のための発行を「赤字国債」といいます。銀行が日用品購入のためにおカネを貸してくれないのと同様、法律も赤字国債発行を認めていません。
 ただこれまで大幅な税収不足を賄うために1975年度(補正)から89年度までの15年間、臨時的措置として赤字国債を発行してきました。赤字国債発行をやめることは財政再建を進める政府にとって長年の悲願でし
た。その悲願がようやく実ったのが90年度予算でした。たった2年前のことですが、振り返ってみればバブル経済のおかげで税収も膨れ上がり。財政再建に寄与していたことになります。
 1992年度の財政規膜は72兆円。歳入に占める税収の割合は87%。国債は10%となっています。もちろん赤字国債の発行は予定していません。
 税収不足でもっとも多く国債を発行していたのは1980年前後です。79年度には歳入に占める国債依存の割合が40%にも達していました。そのころと比べると財政の内容は大幅に改善していますが、公共事業も税収
で賄うのが建前であることを考えれば財政再建はまだまだ途上といわざるをえません。また歳入に占める借金の割合が減ったといっても、過去の借金の残高が減少しているわけではありません。現実に毎年返済しているのは大部分が金利だけで、元金は借り換えているので残高は増える一方なのです。
 借金の残高は1家族あたり580万円
 政府が初めて国債を発行したのは1965年度。赤字国情の発行に踏み切ったのは75年度の補正予算からです。第一次石油ショック後の大不況に見舞われ、当時は税収不足をカバーするための「臨時的措置」でした。赤字旧債の発行は本末は法律で禁止されているものですが、いったん禁を破った後はズルズルと89年まで財政の赤字を埋め続けたのです。
 15年にわたる赤字国債の累積発行高は61兆円にも及びました。建設国債も含めた国の借金の残高はなんと174兆円にもなっています。国民1人当たり145万円、妻と子供2人当たりの平均的家庭を見ると実に584万円にものぼります。
 財政再建の最大の目的はこの累積の借金総額を減らすことです。赤字国債依存の体質から脱却したのは、その第一段階でしかありません。
 中曽根内閣が打ち出した旧国鉄(現JR)や旧日本電信電話公社(現日本定信竃話=NTT)、あるいは日本専売公社(現日本たばこ=JT)などの民営化は、国営企業を株式会社化してその株式や土地を売却、その売却収人で借金を返済という方法でした。
 家計でいえば、親から相続した株券を売って住宅ローンを一部前倒し返済するようなもの。借金の残高が減れば金利負担も減少して毎年の予算から支出する「国債費」の負担も少なくなるはずです。
 旧国営企業の株武売却はNTTの一部を除いて実現していません。NTTの場合は高騰した後、急落したため、予定していた売却を中断せざるをえなくなっています。JRやJTの場合はその後の株式の低迷で売却時期を目失っているのが実情です。
 株式市場が回復すれば、こうした財政再建に大きく寄りして、新たな借金をすることも容易になりますが、いまのところ株式市場が急回復する見通しはありません。
 赤字国債発行で所得税減税?
 自民党の税制調査会の武武藤嘉文議員が赤字国債発行による所得税減税を言い出したのは9月末でした。これに対して宮沢首相は「個人的な意見で自民党の見解ではない」と打ち消しましたが、その後も与野党や財界から赤字国債の発行を容認する声が絶えません、
 もちろん、「所得税減税をしても貯蓄に回るだけで景気対策として効果がない」と赤字国情に頼る所得税減税に反対する声は強く、大蔵省も、「ようやく赤字国債体質から脱却できたのにここでまた赤字国債の発行を認めてしまうと財政町毬の道が狭められてしまうと、なんとかやりくりして赤字国債なしで来年度予算を編成したい意向です。
 ただ住友系のシンクタンクである日本総合研究所は「追加的な景気対策がないと93年度も景気回復がおぼつかない」との主張を展開して、2兆円の所得税減税を提案しています。財源はもちろん赤字国債ですが、一年の短期国債ならば将来の返済負担に大きな影響はないとの考え万です。
 直接的に赤字国偵の発行には言及していませんが、経団連も所得税減税の必要性を主張しており、中長期的に消費税を増税することでその財源を求めればいいという考え方です。消費を喚起するという意味での所得税減税となると悠長にかまえているわけにはいきません。消費税率アップに国民的合意ができるまでの数年間だけ赤字国情に頼ることも不可能ではありません
 家計を預かるあなたならどうしますか。重い住宅ローンを抱えながらの収入減。日々の心活のために借金を増やしますか。それとも生活を切り詰めて苦境を乗り切れますか。(共同通信・伴武澄)