東芝が1000億円をかけた社宅を整備することを発表したのは89年のことだった。たかが社宅にそんな膨大な資金を投入できる大企業に対して中小企業の労働者から溜め息が聞こえたそうだ。
 もちろん何年かかけて建設する予定なので単年度の売上げ規模や利益と単純比較するとはできないが。90年3月期の決算で資本金2466億円、社員6万9 6 4 3人、売上高約3兆円、経常利益約2000億円、連結設備投資3700億円(うち半導体950億円)という規模の企業がたかだか1000人程度の社員に対して1000億円の住宅建設費を捻出することが果たして妥当なのか。
 もっと突き詰めて言えば、13 0 7円(89年11月発行の転換社債の転換価格)の株価に対して10円、つまり記念配当を含めて0. 7 8%の配当しかもらっていない約38万人の株主に対して理解を得ることができるのか。
 企業の人材確保や従業員の住宅供給の面からこうした社宅作りがブームとなっているが、高水準の地価を放置したまま社宅の建設ラッシュが続くのだとしたら企業中心の日本的経済社会は崩壊する。東芝の1000億円社宅構想を中心に社宅建設ラッシュの矛盾にメスを入れた。
 億ション社宅
 1000億円社宅はそもそも人手不足から発想が出た。人材確保のための福利厚生策だ。そもそも日本企業は給料を安くするかわりに、社宅を充実させてきたという経緯がある。しかし、1000人に1000億円となれな、話が違う。1件当たり1億円といえば、億ションである。日本のサラリーマンの生涯賃金が数億円といわれる中で常軌を逸している。
 まず建設費はどこから捻出するのか。まず利益から捻出したのでは株主から理解が得られない。銀行融資はむちゃだ。10年返済で毎年80億円の金利がかかり、全部で800奥苑の負担になる。市場からの調達も無理だろう。生産につながらないファイナンスでは株価の急落を招くはずだ。
 税制面から考えても無理がある。利益から出せば本来500億円の税金逃れとなる。平均月収は34万7000円の会社の社員に1億円のマンションを提供すればどうなるか。社宅となれば賃貸料は数万円だろうから、社員への利益供与額は巨額になる。
 1000億円は7万人の社員で平均すれば、143万円にもなる。設備投資から見ても半導体の投資額のほぼ1年分。さらに配当に回せば1株当たり31円。現行配当の3年分以上に当たる。
 どう考えても結論はノーだ。地価が高騰しているこの時代に将来の「含み資産」にもなりにくいだろうし、それでも低い労働配分率低下からの見ての批判もあるだろう。バブル経済は企業社会にとんでもない発想をもたらすのだ。