桐生という古くからの絹織物の里に新井淳一という面白い人材がいる。三宅一生や山本寛斎といった日本の著名なデザイナーの布を織っている人で、国内ではテキスタイルデザイナーと呼べる数少ない職人の一人だ。作品はパリコレクションやニューヨークコレクションで世界の眼にふれるところにあるが、本人は桐生市内に活動の拠点を定め、近くにある、これも一風変わった和風様式のカレー屋「芭蕉」で語るのを好む。
今、新井氏はアジア、アフリカ、中南米の風景や歴史をモチーフにして、コンピューターを駆使した新しい織物デザイソの世界を開拓中。
 ファッションの世界は「これはイッセイだ、あれはカンサイだ」と素人目にもデザインはわかりやすい。しかし織物の世界はそうはいかない。ところが新井氏の作品だけは「独自の世界を持っている」ような気がする。ただ、えらく複雑な織り技術を使ったもので、小生のような門外漢には言葉による表現ができないだけだ。
 最近の活動で注目していいのは、「布の市全国巡回」と「染織博物館」構想だ。布の市は昨年から始めたもので、各地の地域活動家と提携して、布の文化を広めようとするのが狙い。合わせて作品の直販システム、昔流でいえば行商に似た販売形式の復活を試みる。「小さな布の切れはしまで面白がって買っていく。何に使うのか知らないが、現代人はそれほど”布”に飢えている」のだという。
 染織博物館の方は来年にも開館にこぎつけそうで、群馬県繊維工業試験場のスタッフが世界中を回って買い求めた民俗学的にも資料価値の高い染織品が既に数百点集まっている。「明日の衣装への提言ができる教室にしたいと言っているが、確かに何億円もするミレーの絵一幅の値段で数千点の民俗資料が集められることを考えれぱ、随分と安い投資に違いない。
 新井氏は「切ったり縫ったりするだけがフアヅションではない、織りの面白さや柄の楽しさこそがファッションの原点だ」と主張する。「布をまとう」ことに重点を置いた一生の考え方にも相通じる。よく考えてみれば和装などは織物そのものだともいえる。とにかく気さくな人だ。一度新井氏の桐生の仕事場「アントロジー」を訪ねてみてはいかが、その時は合わせて昼食には「芭蕉」をお薦めする。(共同通信伴武澄)