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戦争は聖地回復の第一歩
2003年02月28日(金)
ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦
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先週の土曜日と日曜日世界中の大都市で米国のイラク攻撃反対デモがあった。五十万とか百万という単位の動員数である。過去十年あまり戦争が起こる度に反対デモがあったが、人数からいうと寂しい限りで、甲子園で草野球をやっている感じだった。今回のイラク攻撃反対デモは「人類史上最大の反戦デモ」という声があがっている。でも、なぜこれほど多くのヨーロッパ人が戦争に反対するのでろうか。
■戦争反対のさまざまな理由
戦争に反対する理由はいろいろある。
イラクでたくさんの人が死ぬ。フセインがもっているかもしれない大量殺戮兵器に私は危険を感じない。私は米国が何かも決める国際社会の在り方に反対である。米国は国際法に違反しているのだ、、、
私も戦争に反対だが、生まれつき天邪鬼なせいか少しへんな気がする。というのは、九〇年代にEU加盟国は幾つかの戦争をした。その度に、今回挙げられている理由から戦争に反対してもよかった。ところが、そうでなかった。
確かに米国の一極主義に文句をいう欧州の政治家がいるかもしれない。彼にとっても、また大多数のヨーロッパ人にとっても、米国が世界中に無数の軍事基地をもっていることなど、「辺鄙な場所にごくろうさん」としかいいようのない話である。だから今でも彼らには、米国の軍事的世界支配など、日々の新聞を読んでいるだけの人にはピンと来ないと私は想像する。
また米国が超大国であることは今にはじまったことでない。 人間は同じ価値観や目的をもっていると思うことができたら、あまり支配されているという意識をもたないところがある。だからこそヨーロッパの政治家は米国のことがたいしてめざわりにならなかった。どちらかというと自分たちは米国といっしょに世界を動かしていると思うことができた。また民主主義を奉じる米国が、国際社会でこの原理を無視してきたことも今回がはじめてでない。
周知のように、米国には金をもらえばどんな理屈もこねる優秀な頭脳が集まっている。それも世界中からだ。また多かれ少なかれ米国と関係をもった親米主義者がヨーロッパをはじめ世界各国のメディアで重要なポストを占めている。彼らはいつも同じようにコメントやコラムを書いて、米国の意図を良いように、良いように解釈しようとした。
ところが、今回は米国のこのようなメディア・一極支配が、皮肉なことに、あまり機能しない。でも、なぜこうなってしまったのであろうか。
■ブッシュこそ危険
今回の対イラク戦争に対するヨーロッパ人の反対は、恐怖心や不安といった情緒的なものとむすびついていると思われる。ユーゴ空爆のとき、西欧社会の住民は、怒ったミロシェビッチ大統領が自国を爆撃するなどと夢にも思わなかった。
ところが、今回は事情が異なる。シュレーダー独首相は「冒険」と表現したが、多くの人々にとって、戦争が、我が身にいつか迫り来る危険の予感とむすびついている。
ということは、ヨーロッパ人は今までの戦争に身の危険を感じなかったから、反対しなかったことになる。(残念なことだが、本当にそうだ。)それでは、なぜ対イラク戦争が多数の人を不安に陥れるのであろうか。
その最大の理由は、多数のヨーロッパ人がブッシュ現米大統領を薄気味悪く思っているからである。戦争に反対する欧州の政治家も、まさか「あの国の大統領はヘンだ」といえない。だから国際法を持ち出したり、米国の一極支配には問題があるとか、もっともな理由を挙げているのではないのだろうか。
ブッシュ米大統領のこのイメージは、「9月11日」事件の直後からその萌芽が
あった。当時ブッシュも、またテロの黒幕と目されたビンラディンも揃って狂信者とする見解が表明された。この米大統領のイメージが多数の人々の頭に根をおろし、現在の戦争反対の大きな流れになったのではないのか。
その証拠に、現在ドイツの世論調査で「フセインとブッシュのどちらが世界平和を脅かしているか」の質問に、38%がブッシュと答えて、フセインの34%より多い。他の欧州諸国の調査も見たが、似たりよったりで、多くの人がブッシュこそ危険と感じている。だからこそ、「フセインは人権を侵害する圧制者で、彼の打倒後米国がイラクを民主主義社会にする」と親米派が解説しても、多くの人が今回はソッポを向く。
■神がかっている
なぜ多くのヨーロッパ人がブッシュ大統領に対する拒絶反応をしめすのか。
それは、彼の演説の発言や表現があまりに宗教的過ぎて、どこか神がかっているように感じられ、米国のテレビで活躍するキリスト教の伝道師のイメージとダブルからである。
米国の歴代の大統領は、多かれ少なかれ自国を「神に祝福された国」とかいった。人々はこの国の大統領のひとりよがりにへきへきしても、どこか慣れていて不思議に思わなかった。ちょうどマグドナルドの看板を見て気にならないのと同じところがあった。
ところが、ホワイトハウスでお祈りをしてから閣議をはじめるブッシュ現大統領は事情が異なる。彼が「悪の枢軸」といったり、対テロ戦争を「不滅の自由」と呼んだりすると、多くの人はハリウッド映画でお馴染みの「悪(アンチクリスト)に対する最終決戦」を連想し、彼がいつまでも戦争を繰り返すような気がするといわれる。
例えば、彼が演説の中で、
「、、、このアメリカの理想は全人類の希望である、、、この希望の光が、我らが歩む道を照らす。そして光が闇をつらぬき、闇に屈服することはない」といっても、アルマゲドン的俗流終末思想のため、闇の中を飛ぶ米国のハイテク爆撃機が焼夷弾を落としている光景が思い浮かび空恐ろしくなるそうだ。
ブッシュ大統領が、このように狂信的で胡散臭く感じられるために、米国と行動を共にするのが恐ろしいのである。以前、詐欺まがいのことをおこす米国の新興宗教団体が欧州諸国で取締まられたことがあった。それに対して、米国政府は信仰の自由の侵害として抗議して小さな外交問題に発展したことがある。この紛争と、欧州の人々のブッシュ拒否には共通するところがある。
今回欧州で、新旧の両キリスト教会が戦争反対に特別に熱心であるのも、このためではないのだろうか。教会関係者の発言を聞いていると、「新大陸へ渡った人々がキリストの名をかたる邪教にたぶらかされて戦争をしようとしている」と怒っているように、私の耳には聞こえる。
欧州の外でも、反戦運動はオーストラリアなどキリスト教文化圏のほうが激しい。これも、社会が教会離れしたといっても、元(現)キリスト教徒が米大統領の胡散臭さを感じる度合いが強いからではないのだろうか。
■キリスト教原理主義
ブッシュ政権がキリスト教・右派とか、原理主義者とか呼ばれる人々に牛耳られつつある状況について、園田義明さんが「キリスト教原理主義の危険な旅立ち」(萬晩報2002年11月19日)で書いておられる。私は当時読んで共感した。欧州は、ここまでに書いたように、ブッシュ大統領本人もキリスト教原理主義と重ねて見る。いずれにしろ、事態が本当に「危険な旅立ち」であることに変わりがない。
宗教や政治運動の内部改革にあたり、原典に戻って厳格に解釈しようとする原理主義はよくある現象である。また現在、リベラルな社会を道徳的退廃とみなし、外に敵をつくり、宗教で「世直し」をしたい人は、どこの国にもいるので、現象は米国に限らない。
例えば、昨年の夏イタリアで「チャールズ・マルテル委員会」が設立された。
チャールズ・マルテルとは、中世初期イベリア半島からフランスに侵入したサラセン軍を撃退し、キリスト教世界を防衛した人である。教会と極右関係者からなるこの委員会の目的は、名称からわかるように、回教徒から「キリスト教的ヨーロッパ」を防衛することにある。
カトリック教会は平和を説くが、これは世界全体に信徒をもつグローバルな組織としての立場である。このような反イスラム運動が示すように、その内部は一枚岩でなく、国によって事情がさまざまである。
ベルルスコーニ伊首相が9.11直後「イスラムより西欧文明が優越している」と発言したのも、米国の対イラク攻撃に賛成するのも、極右政党と連立し、保守的なカトリック信者に支持されているからである。またイタリアと同じように、スペインとポルトガルが米国のイラク攻撃を支持する。これも、政治家本人の世界観もあるが、政権の支持基盤をこのような保守的なカトリック右派に置いているからである。
人工中絶などを道徳的退廃として攻撃し、白人中心の米国社会をつくろとする米国のキリスト教原理主義者・教会右派も、園田さんが書かれたように、中東問題でイスラエル支持である。彼らの中核組織というべきクリスチャン・コアリッションとイスラエルのリクード党のネタニエフ外相との密接な関係は以前から知られている。こうして「大イスラエル主義」を目標とするユダヤ人とキリスト教原理主義者の共闘は、すでに実現していといわれている。もちろこのような動きは、従来民主党支持であったユダヤ系米国人を共和党に取り込もうとする試みでもある。
現在パレスチナ問題で、米国がイスラエルのシャロン首相のやり放題にまかせているのも、大統領を筆頭に現在の米政権がこのような世界観をもっているからである。
マルテル委員会やその他のイタリアのカトリック右派・保守派では、米国ほど「大イスラエル主義」支持が前面に出ない。これは、欧州ではこの種の運動が伝統的に秘密結社的組織になるためである。でも彼らはイスラムに敵をしぼっている。 この委員会と人脈的に近い極右政党・「国民同盟(ANA)」の党首がアウシュビッツを訪問したりしてユダヤ人に愛想がよく、親イスラエルである。これに対して、普通ユダヤ人嫌いの欧州の極右勢力はあきれて、またメディアもどう評価していいか途方に暮れている。でも私には、欧州のカトリック右派とユダヤ教徒・右派の戦術的共闘の兆候のように思われる。
■「大イスラエル主義」支持の理由
二一世紀に入って成立したキリスト教徒とユダヤ教徒の反イスラム共闘の目標は、中東問題で「大イスラエル主義」実現することである。だから米国の対イラク戦争で、イラクがイスラエルを攻撃することがあれば、これをきっかけにヨルダン川西岸居住のパレスチナ人を追い出してヨルダンに強制移住させることがイスラエルによって計画されているとされる。
次に、このキリスト教とユダヤ教の共闘関係は歴史的に見るとかなり奇妙である。 キリスト教徒からみて、歴史上イスラム教徒との関係はやったりやられたりするだけであった。ところがユダヤ人との関係は心理的に複雑で、本当はもっと厄介な問題である。というのは、キリスト教の開祖が、ユダヤ教徒に「救世主」として認められず、詐欺師として処刑されたからである。ということは、ユダヤ教徒は、キリスト教にとって自分たちの宗教の正当性を否定する不吉な存在ということになる。
このためにユダヤ人は西欧社会でいつも迫害された。聖地回復のための十字軍遠征でも、彼らは出発前の景気づけに血祭りにあげられ、「聖地」でも回教徒と束にされて虐殺された。ユダヤ人とのこの厄介な関係は、西欧社会が宗教離れした後も人々の感じ方や考え方に影響を及ぼし、ホロコーストにつながったといわれる。
劣等感と混じり合った「分家」意識を抱くキリスト教徒にとって、ユダヤ教徒をキリスト教に改宗させることは特別にやりがいのある仕事であった。現在防衛的になった欧州のキリスト教団体は宗教間の和解を強調する。でも少数ながら吸収・合併によって「本家」との統合を夢見るカトリック教徒もいる。
米国の原理主義的キリスト教団体は、「メイフラワー号」以来の建国神話・ナショナリズムとむすびつき、市場競争原理にさらされて、競争力も強く拡大主義的である。そのために、ユダヤ教を吸収・合併して統一したい願望が欧州より強い。彼らがイスラエル支持するのは、パレスチナを「神がユダヤ人にあたえた土地」と見なし、「大イスラエル主義」を実現して回教徒を蚊帳の外に置くためである。その後 「本家」のユダヤ教徒を改宗させ、吸収統合して「聖地回復」の夢を果たす。とすると、イラク攻撃はこの第一歩といえる。
9.11の後、ブッシュ大統領は「十字軍」というコトバをつかい、失笑をかった。でもつかわれたコトバにはいつもその人の世界観や価値観があらわれる。
今回の米国のイラク攻撃は、石油のにおいより抹香くさい宗教戦争である。「三十年戦争」でドイツは人口の三分の二、あるいは四分の三を失ったといわれる。ドイツに限らずヨーロッパは宗教戦争にはこりごりしているので、米国のイラク攻撃に何か不吉なものを感じて反対している。そう私には思われる。
日本国民はこんな馬鹿げた昔話につきあう必要はないので、「国際貢献」とかいう美辞麗句に惑わされずに財布のヒモをしっかり握り、なるべくかかわりをもたないようにするのが望ましい。
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