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少年平和読本世界の変貌−交通編
1951年3月 賀川豊彦


 土つかずの世界旅行
      背に負わるこの幼な児よ
   わが死後の
        いかなる時世に大きくなるらむ
                    斎藤茂吉

 地球は少しのたゆみもなく回転し、世界は日進月歩の進歩発達を見せています。きのうの世界は最早、今日の世界ではないのです。うっかりしていては、時勢の進歩にとり残されるでしょう。

 わたしは1949年のクリスマスの夜から、1950年のクリスマスの朝までまる1年間、欧州およびアメリカ各地を、ほとんど休息もとらず講演してまわりましたが、アメリカでは38州、164都市を訪ね、およそ400回にわたって35万人以上の人々に語ることができました。欧州でも、英国全土のほか、東西ドイツやデンマーク、スウェーデン、ノルウェーなどを、旋風のような勢いで飛びまわり、およそ35万人の人々に福音をのべ伝えました。こうして広い欧山米水を、今日は東、明日は西と、自由自在に飛びまわれたのも、ひとえに航空機の発達の賜物だったといわねばなりません。

 1年間にわたるわたしの世界旅行中、わたしの靴が土にほとんどよごれたことは稀で、ほとんど歩行せずに旅をしました。いいや、船のお世話になることさえ少なかったのです。大西洋の太平洋もこんどは空の上を飛んで渡ってしまったのでした。もしも100年前の日本のように、わらじばきや、せいぜい籠にゆられて行く旅でしたら、わたしが昨年一ぱいで歩いた行程を歩くためには、たぶん100年以上を要したことでしょう。

 空港の混雑
 アメリカの航空機の驚くべき発達ぶりについては、本誌の1月号に「アメリカ通信」としてお知らせしておきました、何しろ、たくさんの航空会社がそれぞれの航空ラインをもっていて、全米の空は、まるでクモの巣のようにすきまとしてもないほど、網の目が張りめぐらされています。それでニューヨークとかシカゴとかの大都市の空港になると、各社の航空機が思い思いに発着するので、乗客はどんなに慣れた人でも、どの飛行機に乗ればいいのか戸まどいをするのです。『僕の乗る飛行機はどれですか』と、血まなこになって捜しまわっている人をたくさん見うけました。そうですよ、わたしもその一人だったのです。

 しかし、戸まどいするのは、乗客だけではありません。飛行機の発着する空港はいつもたくさんの飛行機が翼を休めていますから、空港の空に到着しても、滑走路のあいていない時は降りることができなません。もちろん飛行機には電話があって、地上との連絡ができて、どの滑走路に降りよ、と地上から指図するわけですが、場所ができるまでは、空を蜂のようにブンブンとうなりながら旋回をつづけていいなければなりません。それで、30分以上も降りられなければ、仕方がありませんから、元へ引き返すか、もしそこが終点でない場合は、途中着陸をやめて先へ行ってしまうわけです。そこで降りるはずだった客は、あれよあれよといっているうちに何百哩も先まで持っていかれてしまうことも間々あるといいます。
 
 空中交通事故は少ない
 そんなにたくさんの飛行機が、空を縦横に飛びまわっていてはさぞかし正面衝突などの空中事故も多いでしょう?というのですか、ところが空中には空の交通規則があって、たとえば右側通行と同じく、東に向かうものは高度を5000フィート、9000フィートといったように奇数の高度で飛び、西へ飛ぶものは8000フィート、1万フィートというように偶数の高度でお飛ぶことにきまっていますから、それほど正面衝突などはないのです。またスピードの制限などありませんから、うしろから来てドカンとお尻にぶつけられるということもありません。この点は、人や自動車が自動車のためにはねられる地上の交通よりはかえって安全です。何しろ空の道幅は広いんですから。

 もちろん、空中事故はあります、それは路面を走る電車や自動車でも事故があるように−−。現に飛行機に乗ると、会社によっては、サービスとして、生命保険をつけてくれるところさえあるほどです。しかし、1日に何万人という乗客が空の旅行をしていますが、それほど事故はないのです。まあ飛行機が一ばん安全といっていいでしょうね。前にも話しましたが、70人乗りぐらいの大型飛行機になると、2万5000フィートぐらいの高いところを飛びますから、事故もなく、また動揺がまったくないので、読書も自由にできて、愉快なものです。

 汽車より安い空の旅
 でも、飛行機の運賃は高くって、誰にも乗れるというわけに行かないだろうって?どうしてどうして、汽車賃よりも安いぐらいですよ。シカゴからニューヨークまで3等でたった9ドルです。3等は1等より遅いかって?日本の汽車の3等は1等より遅いですか。そんなことはないでしょう。飛行機も同じことで、等級があるのは食事その他の待遇に区別があるだけで−−それも汽船の場合のように、ひどい差があるわけではありませんから、3等で十分。空の旅のよさを満喫しながら、一瞬にして千里を飛ぶことができようというものです。

 飛行機のスピードは、もっともっと速くなることでしょう。現在はロサンゼルスからハワイまで8時間、ハワイからウェーキ島まで8時間、ウェーキから羽田まで9時間半で、合計25時間半かかりますが、ロケットを使用するようになれば、これが半分以下に短縮されることは、まちがいありません。

 ロケット機ともなれば
ロケットの研究は今、盛んに行われています。ボルチモアのステーションに、ロケットの機械を分析して、ならべてあるのを見ましたが、4発のタービン式ですばらしいものでした。もうロケットは軍用だけのものではありません。今や広く商業飛行に使用されようとしています。英国のロケット機は、ロンドンからローマまでたった1時間で飛ぶということですし、アメリカでもニューヨークからロサンゼルスまで、つまりアメリカ大陸を東西に横断するのに1時間ぐらいで行けるといいます。このあいだまでは汽車で6日間を要したところです。

 やがて太平洋ラインにもロケットが使用されるでしょうが、そうなれば、アメリカから日本へ、10時間そこらで到着することができるでしょう、もしそうなれば『夕飯をたべにちょっとアメリカまで行って来ようか』といって、銀ぶらに出かけるような気持ちで、太平洋を飛ぶ時も来るでしょう。三鷹に建つキリスト教大学などでは、アメリカから有名な教授に、1週1回講義に来て貰うというようなことも可能となるでしょう。ちょうど、今日、京都の大学の教授が夜行で東京の大学に講義に来てすぐ夜行で帰られるようにね。

 急がぬ時は自動車で
 自動車は大都市などでは、もうスピードのある乗り物とはいえなくなりましたよ。ニューヨークのような大都市では、自動車で道路が埋まってしまって、身動きができないという形です。何しろ、1000万台からの自動車が動いて居り、毎日、1500台ぐらいずつ新造されているということですから−−。

 『今日は急がないから自動車で出かけましょう』というようになりそうです。今に大都市などではヘリコプターが発達することでしょう。空のシラミといわれる滑走路のいらない飛行機、御存じでしょう。

 とにかく、地球の回転の速度に変わりはないが、世界の人間生活の速度は驚くべきスピードアップを見せています。一般の交通機関の速度を表にしてみましょう。次は1秒間における最高速度です。

  市内電車 3.5m
  ヨット  5−7m
  スケート 7−11m
  スキー  15−20m
  汽船 10−13m
  普通列車 9m
  特急列車 29m
  自動車 23.5m
  競馬  25.3m
  飛行機 122m
  P80ロケット機 300m
  XS−1型ロケット機 755m

 どんなに最高速度を出しても1秒間に市内電車で3メートル半、自動車でも23メートル半しか走れないのに、XS−1型ロケット機なら755メートル−−つまり電車の280倍、自動車の33倍の速度がでるわけです。

 地球は狭くなった
 人間が走る場合、どのくらい速力がでると思いますか。アメリカのオーエンス選手で100メートルの世界記録が10秒3ですから、1秒間10メートル弱で自動車の半分以下です。つまり、ロケット機の75分の1。人間が最高速力を出して漸く1里を走っている時、ロケット機は70何里も先を飛んでいるわけで、ウサギと亀との徒歩競争以上にへだたりがあります。100年前、東海道53次を飛ぶ早籠以上の速度が出なかったのに比べて、今日の交通機関のスピードアップはまことに驚くべきものがあるではありませんか。

 だのに、世界中の国家は、昔ながらの国境をまるで金城鉄壁のごとく考え、隣国とにらみあい、せりあい、あまつさえ暴力でその領土を広げ勢力範囲を拡大しようとしているのです。

 わたしは2万2000フィートもの上空を飛びながら、地上を見下ろして、そこに横たわっている大地が、ここが何帝国、ここは何人民共和国と、それぞれ違った名がついていて、お互いにいがみあっているのだと思うと滑稽になって来て思わず笑ってしまったほどでした。

 やがてロケット機で飛べば、1日もかからずに1周できようという地球にたくさんの国がそれぞれ無制限の主権を振りまわして、同じ人類でありながら、手をとりあうこともせず、いがみあっているなんて、時勢の遅れといわねばなりますまい。
 もう国家の時代ではありません。全人類の時代です。「国家」から「世界国家」「世界連邦」へと移るべき時が来つつあるのではないでしょうか。

『国際国家』1951年3月号「少年平和読本」から転載)


Japan Association for International Peace