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  世界国家の話(7)−経済平等の原則
    
(『世界国家』1950年12月号から転載)賀川豊彦



 社会主義的だとの批判

 世界憲法シカゴ案の人権宣言は、フランス革命やアメリカ独立の際のそれぞれにくらべて、はるかに具体的で、また端的、率直です。特に貧困の束縛、奴隷的搾取的な労働からの解放や、人種的、民族的征服からの個人および集団の保護を規定し、また土地、水、空気、エネルギーを人類の共同財産だと宣言して、世界連邦内の各国家や各民族は、これ等の原則に反したりそむくような法律を制定してはならない――としたことや、超国家的独占事業たる特徴と支配力をもつものは、連邦政府の財産とすることを定めている点など、ずいぶん思い切った宣言だといわなければなりません。これですから、アメリカでも「これはあまりにも社会主義的だ」といって非難する人もあったそうです。しかしここで注意していただかねばならないのは、こうした強い原則をうたってはいますけれど、土地も資本もみな、公有に移して私有を許さないのかというと、そうではないのです。四大要素共有財産の宣言のところをもう一度見て下さい。日く「この共同財産の中、私人、団体、国家(等々)の所有に委ねられ譲渡されている部分の管理と使用は、その個人主義経済によると集団主義経済によるとを問わず、個々およびすべての場合を通じ、共同の福祉に従わねばならない」といって、明らかに私有財産を認めているのです。

 だから、ソ連の学者たちは「世界連邦は国家時代より却って独占資本の支配力を増大させるものだ」といって反対しているほどなのです。

 共同の福祉に従うこと

 シカゴ案は、資本主義経済も、また社会主義経済も否定してはいないのです。ただ、土地、水、空気、エネルギーの四大要素は、すべて共同福祉に従うことを旨とすべし――と宣言しているだけなのです。決して一足飛びに、社会主義に世界が展開するというものではないのです。ソ連の共産主義者たちはこのために世界連邦に反抗しているのでありまして、この点、「一つの世界」の管理の上に、一つの難点となっているくらいなのです。

 しかし、それにしても、「共同の福祉」ということに重点を置いていることは共同社会の発展と拡充のために大きなプラスをなすものであることは疑いのない事実です、共同の福祉といえば、今日、日本で問題となっている社会保障制度などについても、これを明記して、この制度をもたない後進国家や団体等は、これを引き上げて、文化のすぐれた先進国の水準まで向上せしめるように、規定しているのです。(第30条)
「養老年金、失業救済、疾病または傷害保険、適正な休暇期間、母子保護の諸制度は地方法の指示する時と場所の、それぞれの状況に応じて設けられねばならない。適切な社会保障、および救済の制度を設ける力を欠く団体および国家は、連邦金庫の助力を与えられる。ただしこの場合における補助金または特恵的貸付金は、連邦の監視の下に管理される。」
 このことは教育の面においても同様で、
「6歳から12歳までの児童は、すべて公費をもって教育をうける権利がある。この6年間の初等教育は義務制で、何人も年齢、性、人種、信条によって差別せられることなく、それ以上の教育をうけることを妨げられない」
という教育の機会均等と、最低限度の基準を定めると共に、その尻へもって来て
「かかる義務を果たす能力を欠く団体、および国家は、右の条に定められている規定と同一条件を持って、連邦国家の助力を与えられる」

と規定し、水準以下にある団体や国家の教育を、連邦の費用でその水準まで引きあげることを約束しているのです。日本は、他のことはともかく、教育の面では水準を越えているので、幸いにして連邦のお世話にはならずにすみましょうが、義務教育以上の教育については、今日以上に、性別や階級別その他を越えて推進せらるることでしょう。

 地球資源の開発のために

 こうして世界連邦が、いろいろの人権を具体的に示している中でも、とりわけ最も力を注いでいるのは、何といっても、経済問題と人種問題との二点であることを、知っていて下さらねばなりません。この二つは、今日までの戦争の主たる原因をなしているからです。特に近代の戦争は、ほとんど、みな経済的原因から発生しています、天然資源の豊かな弱小国は、虎視眈々の強大国からねらわれ、常にその侵略をうけていることは、歴史の物語るところです。世界連邦は、こうした点にかんがみ、弱小国や後進民族を、強大国の侵略戦争から守らねばなりません。シカゴ案を見ると、第一条の「世界政府の機能」の中に、次の如くこれを規定しているのです
「本憲法の後段の規定に示されている特別機間(議会や企画院)のほかに、地球資源の開発、ならびに人間の物質的知識的水準の向上に資するための諸機関は法律の定むるところに従い、助言、発案、仲裁の機能を有するものとする」
 これは、わたしの常にいう経済参謀本部に当たるものと思われます。

 わたしは、今日までの世界経済会議の失敗の経験に基づき、品目別と地域別とそして総合の三種の経済会議を順序立てて開くのがいいと考えているのです。地域別は、世界連邦の人民議会の選挙区に依って太平洋、汎米、欧州、近東、アフリカの5地域とし、また品目別会議としては、次のような分科会を設けて行けばいいと考えています。(詳しい説明は繁雑ですから省略します)

 品目別国際経済会議

 1. 生命維持に関する経済会議
  • 人口問題(移民問題、異人種の衝突融和)
  • 土地問題(植民地問題、租借地問題、外人土地所有問題)
 2. 力に関する経済会議
  • 労力
  • 動力(動力資源、資源開発、投資)
  • 機械力(生産能率測定、失業防止)
  • 化学的エネルギーに関するもの(ガソリン、石炭等の研究、鉄その他の金属)
  • 一般生産力に関するもの
 3. 交換に関する経済会議
  • 交易(貿易及び市場問題)
  • 通信
  • 交通
  • 一般消費に関する諸問題
 4. 金融及び資源に関する経済会議
  • 一般金融
  • 資源委員会
  • 国際保険委員会
 5. 技術的能率及び特許権に関する経済会議
  • 技術及び能率会議(技術発展による失業防止)
  • 技術教育会議(後進国の技術発展に関する諸問題)
  • 特許権譲渡等に関する諸問題
 6. 利益に関する経済会議

   採掘権、漁業権、借地権、特許権、移住権、販売権、
   旅行権、居住権、伐採権、航行権、水路権、関税権、
   鉄道敷設権、契約権、投資権等々

 7. 経済的文化に準ずる国際的経済会議

   民族融和問題、離婚、結婚、私生児、言語、流行(実用新案)

 世界金融機関の設置

 シカゴ案は、またこれらの点まで詳しくは触れてはいません。ただ世界銀行の経営を管理し、世界通貨を発行し、その他信用の推進と統制のため、世界金融機関を設置することを規定していますが、これは大変必要なことです、もし世界銀行ができ、信用が確立すれば、世界全体に通用する標準手形が発行されるわけで、日本がその年に何億円かの輸入超過になったとしても、次の年には輸出超過となって帳尻をあわせる見込みさえあれば、2年、3年なりのクレジット(信用)を世界銀行がきめてくれますから相手の国も安心して貿易を続けることができましょう。

 わたしは、貿易は協同組合を通じて行うようにするのが、最も効果的だと思っている者です、今日でも、デンマークの協同組合を通じ、イギリスの協同組合へ全部を売りつけるものですから、貿易商人や仲買人や、問屋などに中間搾取されずに、直接両国の生産者と消費者が結びつくことができて、非常な利益が得られるのです。世界の信用金融機関を併行して、世界の協同組合貿易が行われるようにならねばならぬと思っています。

 なお貿易に限らず、一般商業も協同組合制度をとることが望まれますが、たとえ一挙に組合制度に切り替えないにしても、少なくとも協同互恵の精神と権利および機会の均等と、そして搾取主義の排除(ロッジデールの消費組合の利益払戻しの如き方法をとること)は何より必要だと思います。

 運輸、通信手段の運用

 シカゴ案は、また連邦に関係或運輸および通信手段の設置や調整に当たり、必要とあれば、その運用に当たると規定していますが、この中、通信などは既に国際条約で実現されていることは御承知の通りです。

 この郵便の例から考えても、連邦の世界にわたる経済工作は、決してむずかしいことではなく、その運用よろしくを得れば、世界文化の交流と世界平和の促進に、大いに貢献することも予想にかたくないといえましょう。この点われわれは世界連邦政府に、大いに期待をかけているのです。


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