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  世界国家の話(5)−軍隊はどうなるか
    
(『世界国家』1950年10月号から転載)賀川豊彦



 戦争は過去のものがたり
 立法、司法、行政がすみましたから、こんどは軍隊です。
 世界連邦は前にも記したように、地球全地の人民の、人間としての精神的優位と物質的福祉増進を目的として組織される法治社会で、そのために、世界平和は絶対必要条件です。

 間違わないでくださいよ。世界連邦は、ただ世界平和を目的としているのではなく、全人類の幸福を念願としているもので、その目的を達するために、世界平和が、ぜひ必要だというのです。つまり、世界連邦のねらいは、人類が共存共栄の世界を作り出すことで、そうした世界には、戦争はあり得ないし、また、あってはならないのです。戦争なんてものは、世界連邦時代以前の過去の歴史上の出来事にすぎないのです。

 世界連邦の生まれる以前の、民族国家時代には、各国家がむやみやたらに対立し、競争して、不義の戦乱がうち続きました。しかし、世界連邦時代になると、全人類が一つの法の下に整備されるのですから、連邦の一員たる各国家には武力の必要がなくなり、国家間の武力の必要もなくなり、国際間の武力ともいうものは存在しないことになります。世界連邦と世界平和は不可分の関係にあるわけです。ですから世界憲法シカゴ草案の前文には「暴力は禁絶」と明記し、その註解に「仮定原理」の冒頭にも「戦争は違法であり、また違法とすることができる。そして平和は、これを世界に強制することができ、またそうせねばならぬ」といっているのです。

 平和擁護のための軍隊
 現在の各国家、各民族は世界連邦ができれば、ただちに、その武器を連邦に引き渡すわけで、連邦を構成する国家は、他の国家また国家群に対し、暴力手段に訴えるということは、絶対に許されません。もし紛争が起きれば、連邦が法に基づいて、これを平和裡に裁定し、解決いたします。

 しかし、連邦ができた後も法に従わないで、世界の平和と正義を乱そうとする者(個人またはその集団)が、絶対に出ないとはいいきれません。そうした場合には、これをおさえて、戦争に至らしめない力を、連府は持っていなければなりません。それで、前記の憲法草案前文の「暴力は禁絶」という明文にも、この点を考えて、但し書きをつけて居ります。

 すなわち「暴力を排撃するために、法律によって命ぜられ、また許されたる場合をのぞき」暴力を禁絶する――と記しているのです。つまり、世界連邦では、国家が国家に対抗して、或いは国家群が或る国家に対して暴力を仕かけて行くための武力は備えませんが、世界法に違反する反逆者の暴力を排撃するための武備はもっていなければならない、というのです。

 こうして他を侵略するということなしに、専ら法の秩序を擁護するための軍隊が、連邦政府の下に編成せられるのでありまして、同じ軍隊といっても、現在、各国が持っている軍隊とは、その性質を異にしていることを知っていただかねばなりません。

 いわば、現在の軍隊は牙をもつ闘争的な猛獣ですが、連邦の軍隊は、それとは全く違って牙のない平和の番犬みたいなものだとでもいえましょう。これは軍隊というよりは、警察力といった方が適しているのかもしれません。そこで、これを「世界警察軍」と呼んでいる人もあるくらいです。

 各国の武力はどうなる
 しかし、あなたはきっと質問されるでしょう。世界警察軍だけで、各国が軍隊を持っていなかったら、国内に反乱が起こったりしたりすると困りはしないかと。しかし心配は無用、そういう場合に備えて、各国に国内の治安を維持するに足るだけの警察力を保有することを認めています。もちろん、この警察力の数量や武装の程度を、その国が勝手にきめることは許されません。

 必ず世界連邦の特別の機関(あとで述べる治安院)できめるのです。この警察力は、前の世界警察軍に対し、「国民警察軍」と呼んでいる人もあるようです。日本でこんど編成された警察予備隊はちょうど、この国民警察軍に当たるものといえましょう。いいや、むしろ、日本の警察予備隊の編成は、将来の世界連邦の国民警察軍の一つの見本を見せているのだというべきでしょう。

 日本に今日、非常事態が起これば、警察予備隊が直ぐに出動して鎮圧に努めますが、もしそれで処理ができない場合は、国連軍が来て助けてくれるだろうと予想されるように、世界連邦ができ、今後は世界警察軍が動きだすわけです。しかし軍とはいえ、どこまでも警察ですから、その目的は法の秩序を守るのであって、目ざす対象は「個人」です。法を犯した「人間」を処罰するのであって、「国」を討ちこらそうという従来の軍隊とは大違いです。

 討ちこらす対象が「国家」であると、罪もない子供や老婆や、無辜の民全部が槍玉にあげられ、非人道なことにもなるのですが、警察軍はどこまでも法の番人として、法を犯した「個人」(もしくはその集団)を捕らえたり、抑えつけるのであります。罪人以外をも、討ったり殺したりする軍隊とは全然、別ものであることがおわかりでしょう。

 原子力も連邦が管理
 連邦政府が事実上持っている権限は、連邦の直属の軍隊――世界警察軍の編成および配置と、そして傘下の各国家が持つ武器および国民軍――国民警察軍――の管理または制限です。もともと「世界政府のほか何人も武器を作ってはならない。軍隊を有ってはならない」という法律が出来るのです。
 従って現在問題となっている原子力の如きも、もちろんアメリカやソ連が――個々が所有することは許されず、世界連邦政府が、これを管理しますから、世界の人類はもはや二度と広島や長崎のような悲惨事を経験する心配はなくなるわけです。

 さて、世界警察軍や国民警察軍はどういう風に組織せられ、管理せられるのか、これをシカゴ案の世界憲法について見ますと、警察軍の動くのは世界共和国の安全なり、統一が危うくなった場合にかぎるので、それも非常事態の宣言がなされねば、一兵たりとも動かせない事になっています。では、その非常事態を宣言するのは何者かというと、それは治安院(The chamber of guardians)です。

 治安院は「平和の擁護」に直接当たる機関で院の最高委員長(議長)には、「平和の擁護者」としての資格で大統領が就任します。しかし現在の国家の元首が宣戦布告をするより以上に、極めて慎重に、そうしてもっと複雑な手続きを経てでないと、非常事態宣言は出せないようになっています。ですから、世界連邦時代ともなれば、真珠湾の奇襲のようなことは絶対にできないことになります。

 社会連帯意識をもって
 治安院が、非常事態を認めた場合は、これを世界議会に提出しますが、もし三分の二の多数の賛成があれば、宣言が発布され、六カ月だけ効力があり、六カ月を過ぎれば、また議決をくりかえせねばならぬこととなっています。軍隊の出動をできるだけ抑えている点は注目に値しましょう。こうして非常事態が宣言された後は、治安院の絶対多数決と、連邦議会および大法院の三分の二の共同承認を得て、非常権限が大統領に付与されますから、大統領は治安院の治安官を率い、なお策戦上の事は参謀本部の、また兵器の製造や改良については技術院の意見を徴して、平和維持の戦いをするわけです。

 しかし、これはあくまで、世界の内の平和を守るためのもので、外を侵略するものではないのです。いい換えるなら、世界連邦の警察軍の仕事は、人類愛の精神と、社会連帯意識の上に立つ、いわば下座奉仕ともいうべきものでなければならないのです。

 わたしたちは世界の軍備が全部撤廃され、世界連邦の下に、人類の奉仕者として再生する日を待ち望む者です。


Japan Association for International Peace