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  世界国家の話(4)−司法権と護民官
    
(『世界国家』1950年9月号から転載)賀川豊彦



 世界共和国では、前に申したように人種差別を始めとし、階級、性、信条、教義等の差別を禁じ、以前には、しばしばそれが戦争の原因となった物資原料の入手や、土地のエネルギー源の利用などについての妨害行為を禁じまた一切の奴隷労働を厳禁し、その他交通、通信、言論、出版、集合、旅行の自由の制限を許さぬ旨を、憲法で規定しもしこれ等に違反した法律を、どこかの国家で制定したとしても、それは無効であると規定します。

 しかし、こうした法律が世界共和国を構成する各国家、各民族およびその人民によって間違いなく運営され、遵奉されて行くためには、立法行政の両機関と併行して、司法権が確立し、司法機関が完備される必要があります。そこで、ハッチンス案の世界憲法草案でも、第16条から第34条にわたってこれを規定して居ります。大体の骨組みは現在各国家の憲法で規定しているところと同様ですが、大いに注目に値するのは、その刑罰において死刑を廃止している点と護民官という制度がある点との二点でしょう。

 世界連邦では死刑を科しない
 人が人を殺すということは許さるべきことではありません。その事は、人を殺した人間を国家の名において殺す場合と雖も除外例とはなりません。なお国家の名において死刑が行われているのは、聖代の怪事ではないでしょうか。

 或る人はいうでしょう。人殺しをした人間を活かしておいたら、われわれは枕を高うして寝られないじゃないか――と。しかし、殺人などという大それた行為をするのは普通の人間ではない病人なんです。精神上に欠陥のある人です。病人は病院で治療し、若くは社会から隔離すればいいのです。その病気が治るまで、社会へ出さないように病院なり、監獄なりに隔離しておきさえしたら、社会の人々は枕を高うして眠れるのです。わたしは、むしろ戦争の方が眠りを妨げると思います。戦争は殺人よりも凶暴だからです。

 死刑廃止ということは今から約300年前、イタリーのベッカリアが『犯罪及び死刑』という本を著し「人が社会生活をするために或る程度、自分の自由を犠牲にすることを約束するが、しかし、自分の生命まで犠牲にすることは約束していない」といって、死刑は刑罰としても適法でない、行きすぎだ――といって死刑廃止を唱えて以来、多くの学者によって唱道されて来たのですが、一方で戦争を肯定して大量殺人をやっている国家は、徹底的に死刑を廃止することができずに今日に立ち至ったのです。

 世界共和国がこれを採り上げて、「連邦法によって死刑に科せられることなし」(第29条)と規定したことは、まことに当を得たことといえます。それでこそ、戦争を地球上から拭い去ろうとする、世界国家の趣旨が生きると申すべきでしょう。

 弱小民族の人権擁護者−護民官
 ハッチンス案の世界共和国の法務機関として、最も特色あるのは、護民官の制度です。護民官(トリビューン・オブ・ザ・ピープル)というのは「世界政府またはその構成単位の国家や民族による侵害から、個人または集団の自然の権利および市民としての権利を擁護し、世界共和国における世界法務官として、この憲法の文字と精神との遵守を助長し、要求し、またそれによって永年にわたる努力によって得た人類進歩の目標の達成と本憲法に宣言せられた精神を助長することを職能」とするものです。

 こういうと、むつかしいですが、要するに少数民族が強大国から侵害されることのないよう、その利害を擁護するため選ばれた、いわば世界国の「大目付役」です。

 護民官は大法院(世界連邦の裁判所)の審理において意見を述べます。変わっているのはその選任方法で、世界議会の議員と同じように、世界の人民がこれを直接選ぶのです、つまり人民の代表としてこれを司法府へ送り出すのですから、その職責の重大なる、到底普通の弁護士の比ではありません。

 前に申した世界人民代表大会で、99人連邦議会議員を選挙したあと、少数のスポークスマンたる護民官を、秘密投票で選挙するのですが、面白いことには、この官職は最高得票者に与えられないで、次点者に与えられるのです。どこまでも多数代表に拮抗する少数代表という制度です。

 また護民官は大統領や大法院判事の経歴あるもの、現に連邦議会に議席のある者はなれなせん。なお面白いことには、現在の大統領と同じ地域から出た者も被選挙不適格者とせられることで、司法権の独立、特に少数民族の立場を擁護するための配慮と解されます。こうして始めて連邦加盟の少数民族が、強大国や大民族と伍して、平等公平の取り扱いをうけることにもなりうるのです。

 大法院と最高法廷
 さて次に、世界共和国の司法制度はどんな風になっているかを、簡単に説明しておきましょう。大体は、各国家のそれと似たりよったりです。

 司法権としては中央に大法院、最高法廷があり、構成単位の地方の国家で必要とする場所には、連邦(国家ではない)下級裁判所が設けられ、また各地域(アジア地域という如き)には一箇の連邦控訴院が設けられます。

 司法機関は立法、行政機関と正しい均衡を保つため、大統領が大法院および最高法廷の長を兼ね、また議長をつとめます。また、主権在民の趣旨に基づき、民意を裁判の上に反映させるため、連邦議会の議長が大法院および最高法廷の副議長をつとめます。この辺、なかなか味わいがあると申さねばなりません。

 さらに味があるのは、こうして立法、司法、行政の三権の均衡を考え、民意を尊重して考えている一方、司法権の確立のため、大統領や議長が判事としての職務を行う場合、大統領対議会の紛争や、判事の任命、弾劾等に関係ある件には判事として出廷してはならぬと規定していることです。

 大法院は60名の判事を五つの部に分属させ、第一部では世界政府の権限問題を主とし、第二部では世界政府対構成単位の国家等との争いを、第三部では世界政府対市民の紛争を、第四部では各国家間の争いを、そして、第五部では市民や団体等の相互間の争点や紛争を審理します。

 また最高法廷は、大法院の五部から一名ずつ選ばれた判事に、前記大統領連邦議長が加わり、大法院が下した判決が果たして正鵠を得ているかどうかを審理する最終裁判所です。

 大法院にも最高法廷の共に、各地域から各部に二人以上の判事が選ばれるのを禁じて、裁判のかたよりと強大国の横暴を防止しています。

 なお国家の元首が恩赦を行うように世界共和国でも、大統領は恩赦を行うことができる事を規定しています。


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