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米国にまだいたシェリフ/アメリカ民主主義の象徴

1998年02月02日(月)
共同通信社経済部 伴武澄
 「いますぐこの敷地内から出ていけ。さもないとシェリフを呼ぶぞ」-8年前、日米構造協議の取材でワシントン郊外のワレントン市にいた。日米の秘密会議が開催されているという情報を追いかけて東京からようやくたどり着いた会場はエアリーハウスという広大な敷地内にある財務省の研修施設だった。数分後に本当にカウンティー(郡)のシェリフが登場、胸のピストルをちらつかせた。まるで映画の中での出来事のようだった。

 ●選挙で選ぶ検事と裁判官
 アメリカの郡部には住民に選ばれたシェリフ制度がまだ残っている。1月30日付萬晩報で報告した 「55年前まで日本に存在した陪審制度」を書きながら思い出した。アメリカの民主主義を象徴するのは大統領でも上院議員でもない。まさしく地域の治安維持に当たるシェリフや検事、そして裁判官を自らの手で選ぶという制度の中にある。

 大統領選挙や中間選挙で伝えられるアメリカの民主主義は本当の姿ではない。2年ごとの選挙では知事、州の上下院議員、自治体の首長や議員のほか、シェリフ、検事なども選ぶ。同時に行政の大きな懸案は住民投票にかけられることもあり、選挙民が投票しなければならない項目は多岐に及ぶ。衆院選挙の際、最高裁判事の適否に○×をつける日本国の事情とはレベルが違うのだ。アメリカには多くの日本人ビジネスマンが住んでいるが、選挙権がないからこうした事情に疎い。大使館に勤務する官僚もマスコミの記者も同じだ。

 映画「JFK」でケビン・コスナー扮する○○○検事はマスコミを通じて伝えられる自分の虚像と闘いながらケネディ元大統領暗殺の真犯人を追い求めるのだが、彼が唯一頼りにしたのが、自分を選んでくれた選挙民からの支持なのだ。賢明な読者は、アメリカの新聞、テレビの事件報道には必ず、検事や刑事が実名で登場することに気付いているはずだ。アメリカでは世論の支持がなければ、検事総長といえども安易な捜査に着手はできない。日本のように「捜査令状さえとればあとはなんとでもできる」といった発想は生まれない。いまの流行り言葉でいえば「検事も裁判官も市場原理にさらされている」という訳だ。

 西部劇に登場する裁判は陪審員の心証に左右されやすく、大衆裁判にも似た側面を持っている。映画では無罪の罪で絞首刑になるストーリーも少なくない。アメリカという国家には1930年代の禁酒法のように過激に走る傾向がないとはいえない。しかし、最終的には国家に誇りを感じる民衆の英知を信じてきた。

 日本でも住民投票の制度があり、原発建設や廃棄物処理場建設の是非を問うケースが増えてきている。だが、なぜか行政改革や税制改革が焦点となった試しはない。地方自治といっても大きな枠組みはすべて霞ヶ関で決められるからである。地方にもっと裁量があれば、自治体ごとにいろいろな問題が住民投票にかけられるようになるはずだ。

 ●保険料や税金を下げさせたカリフォルニア州住民投票
 1988年、米カリフォルニア州は住民投票で「提案103号」を可決した。自動車保険など保険の掛け金を一律20%引き下げ、1991年に選挙で選ばれる「保険コミッショナー」が検討するまで据え置くとともに、住民が保険の掛け金を管理するという内容である。一言でいえば、保険の負担が大きすぎたことに対して、州法の改正を求めた。

 「提案103号」は消費者運動家のラルフ・ネーダー氏が中心となった。保険会社は7000万ドル以上の資金を使い、反対活動を展開、反対提案も行ったが住民投票の結果は否決だった。保険会社は州最高裁に差止めを請求したが敗訴した。その後1991年、カリフォルニア州保険庁は同州で営業する損害保険会社に対して、自動車保険などの保険料を総額25億ドル以上払い戻すよう命じた。

 アメリカでの住民投票は否決しても何度でも繰り返し投票にかけられる例が少なくない。同じカリフォルニア州で1978年6月、住民が勝ち取った「提案13号」は「行政の歳出削減」を呼びかけたものだった。趣旨は「減税が行えるのなら従来の行政サービスはいらない」。同じ提案が1968年、1972年と住民投票にかけられたが、2度とも否決された経緯がある。この間に行政サービスはともかく住民負担が増えていったことが78年の住民側勝利につながった。

 地方自治体は、ただちに主要財源だった財産税を1%軽減した。新税創設に大きな歯止めをかけただけでなく、議決に必要な定足数を厳しくするなど行政の効率化も求められた。

 アメリカ合衆国独立のきっかけが、ニューイングランドの輸入紅茶に課税しようとした英国に反抗したボストン・ティーパーティーだったように国民の税金に対する意識は非常に高い。

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