四四年間異国に眠るネタジの遺骨 一九八九年七月一七日パトリカ紙
デリー支局発七月十六日、全インド自由戦士協会の代表幹事シール・バドラ・ヤジー、シャール・ブシャン、事務総長のV・L・サンダー・ラオ氏と自由インド協会総裁のP・S・ウトゥリ大佐、事務局長のS・S・ヤダウ氏は、本日当地において政府に対し、全インド戦士協会とインド国民軍協会とともに一九九○年一月二十三日までに、ネタジ・スバス・チャンドラ・ボースの聖なる遺骨を日本から帰還させることに協力するよう合同で要請した。これは祖国解放の指導者に対し国家的栄誉を讃えること、彼を記念するシャヒード・スマルク(記念館)の建設の機会に行うものである。声明は「わが国の国家的指導者の遺骨がこの四十四年間も国家的栄誉も示されないまま異国の地に置かれているのは不幸と言わなければならない。連邦政府は議論の余地があるとして依然として遺骨の償還に乗り気ではない。一九四五年八月十八日の台湾の飛行場における事故によるネタジの死亡は、政府が派遣した二度にわたる調査団によって確認されている」と述べている。
さらに声明はハビブル・ラーマン大佐が遺骨を東京に運び、それを日本の大臣や軍の高官、インドの人々が受け取ったと述べている。遺骨は黄金の厨子に収められ、東京の蓮光寺の住職の手に委ねられ、現在もこの住職と東京のスバス・チャンドラ・ボース・アカデミーの信頼の下にそこに置かれたままである。
二期にわたりインド国民会議の議長に選ばれ、九カ国から承認された自由インド仮政府主席であり、インド国民軍の最高司令官であったネタジが、一九四五年八月十八日、台湾の台北飛行場における事故により死亡したことは厳然たる事実である。事故後ネタジは南門にあった日本の陸軍病院に運ばれたが、その地で院長の吉見胤義軍医大尉によって死亡が宣せられたのである。
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