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伊勢で考えさせられる多神教存続の価値

2004年06月27日(日)
萬晩報主宰 伴 武澄

 伊勢神宮の祭神については説明はいらないと思う。内宮の天照大神(あまてらすおおみかみ)と外宮の豊受大神(とよけおおみかみ)である。だが大方の予想に反して、この組織の正式名称は「宗教法人神宮」という。そこに伊勢の文字はない。

 明治神宮も平安神宮も橿原神宮もすべて明治以降にできた。江戸期まで神宮の名が付いたのは鹿島神宮、香取神宮などいくつかしかない。神宮といえばお伊勢さんのことを指したのだ。

 その神宮で社殿を20年に一度建て替える式年遷宮の準備が始まった。4月5日、天皇の許可にあたる「御聴許」が出たことで有識者による準備委員会が立ち上がった。建設費用は550億円だというから一宗教法人としてはたいへんな金額である。

 建て替えは内宮や外宮の本殿だけではない。宇治橋や鳥居、周囲の町村にもまたがる125の別宮、摂社、末社も対象となる。神宮の空間はとてつもなく広いから市町村の境界をずいぶんはみ出している。それから遷宮は神々が住まう社(やしろ)にかぎったことではない。日々、神々に供える供物を盛る陶器類から、鏡や刀、衣装など「神宝」もすべて新調する。

 神宮司聽によると、前回1993年の遷宮では327億円の費用がかかった。「毎年10億円ずつ積み立て、残りは寄付を仰いだ」という。今回も550億円の6割を積み立てで賄うというが、大丈夫だろうか不安になる。

 神宮には神官が約100人。衛士といって警備に当たる人も約60人いる。そのほか宮大工、神楽の担い手やら600人を超える人々が神々に仕えている。

 宗教施設の維持に経費がかかるのはどこも同じなのだが、神宮に何度か通ううちに誰もが気付くと思うのは、この空間で営々と続いてきた古来の建築様式や技術の伝承という別の側面である。

 20年ごとに建て替えを繰り返してきた伝統こそが、技術の伝承に役立ってきたという評価がある。だが一方で式年遷宮によって神宮の建築物や調度品はいつも新しいから決して国宝や重要文化財に指定されることはない。つまり日本文化の伝承に貢献しても政府や自治体からの補助金は一切出ないのである。

 特定の宗教法人を特別扱いしないという憲法の趣旨が分からないわけではないが、膨大な建設資金を賄うことができなくなれば、1300年続いた日本文化の伝承はそこで完全に止まってしまう。

 明治憲法下では神道が国の宗教であったから、遷宮の資金は当然、国家からも出た。律令制の時代も同じである。室町時代の一時期、国内政治の混乱から遷宮が行われなくなったが、豊織時代に復活し、織田信長も豊臣秀吉も遷宮に多大な寄進をしたことが記録に残っている。民主主義の時代の文化の伝承の手法を考えなければならない時にきている。

 日本古来の文化となれば、宗教と切り離せない。博物館入りするようなものならば、文化財保護の対象となるが、問題は古来の文化が生きている場合である。神宮の遷宮はまさにこれ当たる。

 その昔、南方熊楠が和歌山県の小島にあった神社の合祀(ごうし)に反対して全国的に話題を呼んだ。熊楠は単なる宗教的理由から反対したのではない。「神社があったからこそ鎮守の森が開発を免れてきた。合祀となれば片方の神社はなくなり業者による開発が進む」と言った。神社が森の維持に役立ってきたという今で言えば環境の視点を持っていたのである。環境という視点を用いれば遷宮に対する支援策を考えられないではない。そんなことも考えた。

 神宮の広大な森では、遷宮に使うヒノキの育成を大正時代から始めている。200年という計画であるから年数的にはまだ半分に達していない。ほとんど“国家的” 事業規模である。当時植えたヒノキはまだ本宮の柱には使うほど育っていないが、9年後の2013年の遷宮では80年もののヒノキが初めて一部で使用されることになる。

 神道のような自然崇拝の宗教は日本に限ってあったのではない。先進国ではたまたま日本だけに生き残っているだけにすぎない。ウエールズ出身のC・W・ニコル氏らも言っているように、ヨーロッパでもキリスト教が浸透する以前のケルト的神話は今も多く語り伝えられている。

 9・11以降、一神教の国々が殺し合いを始めた。いまこそ多神教の価値観を世界に広めなければならないという論調も澎湃として沸き起こっている。神々の世界を持つ日本はもっとしっかりしなければならない。神宮の森を訪れるたびに考えることである。

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