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台北の日常生活は平穏なり

2004年03月23日(火)
台湾在住 曽根 正和

2日前の3月20日、台湾は次期総統および副総統選挙の投票が行なわれた。候補者は現職の陳水扁総統と呂秀蓮副総統に対し、国民党党首連戦総統候補と親民党党首宋楚瑜副総統候補である。午後4時の投票締切り後、直ちに開票が行われ3時間後の7時ごろには結果が出た。投票率80%、投票数合計1300万近くである。マスコミをはじめ大方の予想に反し、陳水扁総統と呂秀蓮副総統が僅差の勝利で終わった。

しかし、選挙管理委員会が集計結果を正式発表する前後に、負けた連戦候補は選挙の無効を主張し、選挙本部に集つまった支持者に対し抗議行動を話した。その結果、国民党本部の前(ちょうど総統府のまん前)は抗議参加者で道がふさがれ、今も混乱が続いている。総統府を守る警察官との小競合も生じている。こうした状況をテレビをはじめ報道機関は全世界に向けて報導しており、台北は選挙のため混乱があちらこちらで起きているような錯覚を与えかねない。事実、株価は敏感に反し、全面安となった。しかし、少し離れた市井の庶民はいたって平穏、いつもと変わらない生活をしている。

日本のすぐ隣で起きている、不思議な政治フィーバー劇を解説し、読者が少しでも台湾の事情をご理解できれば幸いである。

4年前の前回総統選挙から話を始めよう。このときは、やはりみんなの予想に反して当時の野党、民進(民主進歩)党の陳候補と呂候補が当選した。得票率は39%、残りは二人の候補者連戦(当時副総統)と宋楚瑜(元台湾省長)がお互いに保守票を食い合い、結局「漁夫の利」の如く、陳・呂コンビが当選した。半世紀に及ぶ国民党の政権が野党の民進党に移った。

選挙後、国民党党首李登輝前総統は、総統選挙失敗の責任を取らされる形で離党し、これに追随した台湾土着派国民党議員は、離党後台湾団結聯合を設立した。また、前回総統選挙で国民党の承認を得られず無所属で立候補した宋楚瑜が、その支持者層を母体に選挙後政党として親民黨を設立した。

今回の選挙は、非台湾土着派が政権奪回のため、前回総統選挙では敵同士であった国民党と親民党の党首二人がコンビを組んだ。李登輝路線を嫌い1993年に国民党から独立した新党(今ではあまり勢力がないようだが)を加え、この一派を国民党のカラー青を代表して藍軍と呼び、もう一方は民進党のカラー緑をとって緑軍と呼んでいる。藍軍は前回選挙で二人の候補者を合せると6割近の得票率があったので、今回の選挙では当選確実と踏んでいた。民間調査は投票が近づくにつれ、去年夏では藍軍に十数パーセントの差をつけられていた緑軍の支持率が、次第に上りつつあることを示していたが、藍軍は選挙直前には十萬から百萬票の大差をつけて当選すると豪語していた。しかし連宋コンビでも1+1は2にならなかった。李登輝前総統は緑軍の支持になったので、前回の国民党支持者の一部が緑軍支持に回まわったこともある。選挙の結果に、藍軍は言葉を失った。

連戦候補は前回に続き今回も落選した。総統になれなければ68歳の彼の政治生命は終りとなる。国民党も先が見えなくなる。こうしたことから、選挙本部に集った支持者の前で、選挙無効を訴え、情緒的に反応した支持者が激しく街頭抗議行動に出た。一方、政治的にフィーバーすることで知られる民進党支持者は、当選者の余裕からかこうした動きに対して自制している。このため連戦候補のこの動きは煽動的な印象が否めない。しかも過去に国政をあずかる行政院院長(総理)や副総統を務め、法治について十分認識があるはずだが。

藍軍の選挙無効の訴えに対し、高等裁判所は具體的に選挙人名簿や投票用紙を差し押さえ、今後の裁判の証拠として確保した。今後は基本的に司法的に対応決着となる。これが広く暴動に発展することは、庶民の動きを見る限り考えられない。藍軍の中にもこうした街頭抗議行動に対し批判的な支持者もいる。

20日の投票直前19日には、最後の選挙戦追い込みで台湾南部の都市台南市で街頭運動をしていた陳・呂候補の暗殺未遂事件が起きた。台湾の選挙には当たり前の爆竹の音にまぎれてピストルが発砲され、選挙カーのフロントガラスを突き破って陳候補の腹部、呂候補の足に当たった。陳候補は皮膚表面だけの傷程度、呂候補は杖を使えば歩行行できるぐらいであったため、藍軍はこの暗殺未遂事件は自分で仕組んだ狂言である、これにより同情票を集めた主張している。国家元首及び副元首の暗殺未遂事件であるにもかかわらず、マスコミは肝心の犯人逮捕や真相解明に関する関心は薄く、もっぱら選挙に絡んで別の面ばかり強調されるのは、少し異様である。

台湾の民主主義はまだ若い。私が25年前始めて台湾を訪れたときは、現在の呂副総統は美麗島事件で逮捕投獄され、この事件の被告側弁護士として陳水扁総統が法廷で弁論を振るったときである。圧倒的な国民党の力の前で、自由に言論が発表できる社会ではなかった。それが公けに国家元首を如何に批判しても何も起こらないのは、民主化の成果である。相手の悪いところばかり宣伝して票を稼ぐ、後ろ向きな選挙宣伝が減り、政見を表明し候補者同士でディベートするテレビ演説会が数回行われ、全国民が熱心に見た。台北の選挙活動は以前に比べるととても静かであった。しかし今回のように自制できず街頭抗議行動にで、「民主主義」を曲解して要求をすることは、残念ながら未熟であるといわざるを得ない。

婚約者同士の政治的志向が異なるため、結婚直前に婚約解消したり、藍軍候補者が落選したことを聞き自殺があったことの報導があった。選挙がどのようであれ、冷静に対応できるようになったとき、台湾の民主主義は成熟したといえるだろう。

藍軍、緑軍ともに50%、50%の支持率となったことは、台湾の政治構造が確に変わりつつあることを示している。最後に司法裁定がいかなる結果になるにせよ、国民が真っ二つに割れ、国政ひいては民生に対し悪影響を与えるようでは、民主主義を擁護しよりよい明日を望むみんなの願いから大きくかけ離れることになる。海外投資家やバイヤーは、不安定な国から逃げていく。米国でもその昔ケネディとニクソン、また最近ではブッシュとゴアとの間で大領選挙当落差僅少のために混乱があったが、最後には国益という政治家の最高使命のため、賢い決断をしている。

最後になるが、私は特定の一方を支持するものではなく、台湾を第二の故郷として長く暮らす外国人として、これ以上混乱が拡大することなく、一日も早く収束しすべて平穏な暮らしに戻ることを期待するものである。

曽根さんにメールは mailto:sonehome@netown.org.tw

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