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「ペースメーカー」は公表だけで済むのか
2003年12月23日(火)
萬晩報通信員 成田 好三
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最近のマラソン人気はすごい。国内の主要大会は男女ともすべて全国ネットのTVで中継され、いずれも高視聴率をたたき出す。新聞はスポーツ面ばかりでなく1面、社会面まで大きく紙面を割く。レースが行われる沿道には、ほとんど途切れることがない人の波が続く。マラソンは、陸上競技の中でも五輪でメダルを狙える有力種目であることも加わって、人気に拍車がかかる。
マラソンの五輪代表選手選考は、スポーツの枠を越える社会性を帯びた「ニュース」にさえなっている。シドニー五輪金メダリストの高橋尚子が後半に失速し2位に終わった東京国際女子、日本最高記録保持者の高岡寿成が3位に沈んだ福岡国際は、他の重要な話題を押し退けてしまうほど、メディアが大きく扱った。
しかし日本のマラソンにはある「秘密」、あるいは「タブー」があった。30キロあたりまで選手を先導する「ペースメーカー」――頻繁に使用せざるを得ない用語なので以下PMと略します――の存在である。
現在の主要マラソンは、PMの存在する大会と存在しない大会に大別される。五輪や世界選手権などはPMが存在しない。これらの大会は国別の出場枠があるから、PMの入り込む余地がない。
一方、ボストン、ベルリン、ロンドンなど海外の主要マラソン大会ではPMが存在する。大会主催者が公式にPMの存在を認め、レース前には設定タイムを公開する。選手や関係者はもちろん一般のファンも、その大会が世界最高記録更新を目標にした大会なのか、あるいはもう少し低いレベルの大会なのか、設定タイムを見れば分かる。国内の主要大会、男子なら福岡国際、東京国際、びわ湖毎日でもPMは10年ほど前から存在していた。
PMはマラソンの「高速化」と「ビジネス化」によって導入された。世界最高など好記録が続出する大会は注目が集まり、有力選手が出場する。そうなれば高額な資金を提供するスポンサーがつく。メディアも強い関心を示す。常に好記録が出るためには、大会主催者が設定したタイムどおりに選手を先導する役割が必要になる。「高速化」―「ビジネス化」の循環の中で、PMは五輪や世界選手権以外の主要大会では、必要不可欠な存在になった。
日本でも、マラソン関係者やTV、新聞などスポーツメディア関係者にとっては、PMはレースを構成する重要な存在になっていた。しかし国内の主要大会を主催する日本陸上競技連盟(陸連)は長い間、PMの存在を公表してこなかった。そして、陸連との相互依存♀ヨ係にあるスポーツメディアは、現にそこにいる、そこで走っているPMを、存在しないものとして扱い、報道してきた。
そうした秘密、タブーが福岡国際マラソン(12月7日開催)でついに破られた。世界の潮流に背を向けて押し黙っていた陸連が、この大会からPMの存在を公表したからだ。メディアも、それまで伏せていたPMについての情報を解禁≠オた。PMの存在の公表や解禁自体は進歩であり、前進である。しかし、その際に陸連やメディアが取った姿勢には大きな問題がある。
PMの存在の公表に当たり、陸連は何故これまで存在していたPMを公表しなかったのか、いま何故公表に踏み切ったのかについて、何一つとして説明していない。陸連の公式ホームページにも、PMに関する記述は一切ない。
主要メディアである新聞、TVの対応も陸連とほぼ同様だった。朝日、毎日、読売3紙を例に挙げる。3紙とも陸連が初めてPMの存在を公表した翌日の12月5日の紙面で、PMについて触れた。しかしその中身は設定タイムに関するものだけだった。3紙そろって、設定タイムが遅すぎるという選手側の不満を紹介していた。
3紙ともPMの存在そのものについては何一つ説明しなかった。PMとはどんな存在なのか。海外、国内とも導入された経緯と理由は何か。海外では以前から公表されてきたものが、日本では何故公表されなかったのか。何故3紙とも、PMを無視して、存在しないものとして報道してきたのか――。そうした疑問に答える記事は一つもなかった。
まるで臭いものに蓋でもするかのように、過去の経緯を無視して紙面を構成していた。大会当日の結果を詳報した12月8日の紙面は、もっとひどかった。PMに関する記載はほとんどない。3紙がマラソン関連記事も報道であると考えるならば、「おわび」、あるいは少なくとも「おことわり」くらいは掲載する必要がある。
TVの対応にも大きな問題がある。まず福岡国際を生中継したテレビ朝日である。競技場担当のアナウンサーは、PMを「初めて導入された」とアナウンスした。その後、移動中継車アナウンサーが「初めて公表された」と、やんわりと修正した。NHKは夜のスポーツニュースでは、「初めて導入された」の立場を取っていた。新聞と同じく、TVもPMの存在と公表の意味については、何も語らなかった。
テレビ朝日の競技場担当アナウンサーやNHKのスポーツニュースの説明は、明らかに間違いである。いや、間違い以上に意図的な「作為」ですらである。ちょっと調べてみれば、素人でもすぐ気がつくことを、彼らは平気でごまかしている。
メディアが何故、こうしたあからさまなごまかしに加担するのか。あるいは、理不尽なごまかしの「第一当事者」になってしまうのか。その理由は、メディアと競技団体との強固な相互依存関係にある。(2003年12月13日)
成田さんにメールは mailto:narita@mito.ne.jp スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/
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