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枚方リトルリーグが見たベースボール

1999年09月12日(日)
Feature Press 形山 昌由



 ここのところ米国で気を吐く日本人スポーツ選手が目立つ。杉山愛選手が全米オープンテニスのダブルスで優勝、メジャーリーグの伊良部や野茂も順調に勝ち星をあげている。そして忘れてならないのがペンシルバニア州で開かれた少年野球のリトルリーグ世界大会で、大阪の枚方リトルが23年ぶりに世界チャンピオンに輝いたことだ。

 ●荒木大輔以来のリトル世界制覇
 元阪神タイガース外野手の亀山努氏が監督を務める枚方リトルは、国内大会と極東大会を勝ち抜いたのち世界大会へ出場、決勝でフェニックスシティー(米国アラバマ州代表)を5対0で破り、優勝した。のちにヤクルトスワローズ投手となった荒木大輔投手がいた調布リトルが1976年に優勝して以来のビッグニュースだ。

 それにしても枚方チームは安定した強さを誇っていた。開会式直後に行われたブリティッシュコロンビア(カナダ)戦では、5回まで相手打線を無安打に抑え、あわやノーヒットノーラン試合かと思わせた。(リトルリーグは6回戦ゲーム)。一番の強敵とされたプエルトリコとは2度戦い、一度は1点差で負けたものの山崎投手が11三振を奪う力投を見せ、2度目の対戦ではコールド勝ちを収めた。優勝を決めたフェニックスシティー戦ではエースの炭山投手が相手打線を2安打に抑え、2塁ベースを踏ませぬ投球内容だった。

 スキのない攻守といずれ劣らぬ速球を持つ4人の投手、それに試合運びを見ていると、とても13歳の子供がやる野球とは思えない。亀山監督の采配の上手さもあるに違いないが、世界大会中のエラーわずか2個という数字は、何より日本のリトルリーグのレベルの高さを示している。監督自ら「この年齢の野球では日本が世界一」というよう、トップクラスには違いない。

 日本チームはこの23年間、極東大会で台湾の壁に阻まれてきた。台湾チームは96年までの27年間で17回の世界チャンピオンという脅威的な強さを誇り、日本チームは世界大会へ進めずにいた。ところが台湾チームが3年前から世界大会への出場登録を取りやめたため、極東代表として日本が3年連続して世界大会へ駒を進め、3位、2位、そして今年の優勝を勝ち取った。

 ちなみに調布リトルが優勝した翌年の77年から昨年までの22年間で極東代表が世界チャンピオンとなったのは、台湾、韓国の両チームで実に14回。リトルリーグの世界ではアジアが米国を抜き、世界ナンバーワンの地位を占めている。

 この年齢の子供では人種的な体力差が大人ほど見られないため、とくに日本の場合、お家芸ともいえる細かい技術野球が効果を発揮する。守備力の差などは他国の代表チームと比べて歴然としていた。

 ●全米にテレビ中継された決勝戦
 今回、世界大会を取材して驚いたのは米国のリトルリーグ人気だ。大会はペンシルバニア州の田舎町ウイリアムスポートで毎年開かれているが、まず球場が素晴らしい。リトルリーグの野球ルールに合わせて作られた専用球場で、観客収容能力は4万人以上ある。以上というのは、外野席が球場外部とつながった芝生席で自由に出入りができるためだが、これがいい。

 皆、気軽に野球観戦ができるようになっている。照明設備やダッグアウト、記者席、カメラマン席などはプロ野球の球場と遜色がない。球場のすぐ横にはリトルリーグの世界本部と博物館があり、ここで豊富な資料とともにリトルリーグの歴史を学ぶこともできる。

 大会開催中はウイリアムスポートの町全体がお祭り気分に包まれ、各試合とも大勢の人が観戦に訪れる。今年の決勝戦には、同市の所属するライコミング郡の人口の約3分の1に当たる4万2千人が詰めかけ、報道陣もAPを始め各社がズラリと陣取った。試合の模様は日曜のほぼゴールデンタイムに全米中継されるなど、人気の高さは甲子園の高校野球並だ。

   枚方チームに随行した日本リトルリーグ野球協会事務局長の小篠菊雄さんによると、国内大会では決勝戦でさえ観客の大多数は関係者だという。日本では中学まで軟式野球が主力になる(リトルリーグは硬式球)という事情があるにせよ、日米のリトルリーグ人気にはかなりの隔たりがある。

   もっとも高校になると状況は逆転する。米国の高校野球は一般からは関心度も低く、観客も数千人だという。野球王国の空白地帯のようなものだ。米国人スポーツ記者はその理由として、高校になると一番人気のアメリカンフットボールやバスケットボールなどへ転向する選手が多いことをあげる。5万人が集まる日本の高校野球の話をすると、信じられないという顔をされた。

 ●楽しむ野球と根性の野球
 試合を観戦して日本との違いを最も強く感じたのは楽しみ方だ。満員の観客席ではイニングの合間に係員が記念のTシャツを観客めがけて投げ、キャッチした人がもらえるゲームなどのアトラクションが行われる。メジャーリーグの試合でおなじみの「テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・ボールゲーム」の合唱もある。ジュースやポップコーンの売り子はリトルリーグの試合らしくすべて子供だ。

 グラウンドでは動物のぬいぐるみをかぶったマスコット人形が試合前やイニングの合間に選手や監督、審判など誰彼構わず誘い、陽気に踊りまくる。観客も立ちあがってリズムに合わせる。

 「始めははずかしかった」(山崎選手)と尻込みしていた日本の選手たちも、決勝戦のころには自ら踊りに加わりだした。亀山監督がYMCAを踊る姿はなかなか様になっていて、それを見た観客がおおはしゃぎするシーンもあった。

 こうした余興を楽しみながら、それでいて試合中はもちろん集中して一球一球に見入り、真剣に歓声や拍手を送る。子供の野球だからといって手抜きをして見るようなことは決してない。決勝戦や米国チーム同士の戦いになると声援もすごい。

 たまたま隣り合わせになった国内大会の実況を経験したことがあるという日本のテレビ局スタッフは「日本と全然違う。こんなに楽しいとは思わなかった」と目を輝かせた。確かにこの雰囲気の中にいるだけでウキウキしてくる。

 それにしてもこの野球の楽しみ方の違いはなんなんだろうと考えてしまった。私も学生時代に野球を経験したので分かるが、日本の野球は精神鍛錬に通ずる部分あり、一種の野球道を形成している。アニメ「巨人の星」をイメージすれば分かりやすい。中核をなすのは根性論だ。「日本リトルリーグの歌」の最初のフレーズは「汗と涙とほこりと泥と」。日本野球を象徴的に示している。

 一方、米国で野球定番の歌「テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・ボールゲーム(私を試合に連れてって)」は、彼氏に野球場へ行こうとねだる熱狂的な女性野球ファンの歌で、歌詞からは試合を心から楽しむ気持ちが読み取れる。米国人は野球をナショナル・パスタイム(国民的娯楽)といい、野球場をボールパーク、すなわち公園の一種と表現する。

 ●地球の裏側にあるもう一つのベースボール
 その国の文化を背景としたスポーツスタイルになるのは当然だが、野球は米国から日本に伝わって100年以上経つ間に随分と変わってしまったようだ。かつて「地球の裏側にもう一つのベースボールがある」と言い残して帰国したメジャーリーガーがいる。

 野茂選手は日本人として初めてメジャーリーグオールスターへ出場を果たした時、子供のような笑顔を見せた。イチロー選手も今年春先のシアトルマリナーズへのキャンプ参加で「野球をしていてこんなに楽しい気持ちになったのは久しぶり」と話している。

 たかが野球といわれればそれまでだが、この日本人と米国人の思考の底流に流れるものの違いは野球だけに留まらない普遍的な問題でもある。そう考えると、近づいたように思える日米の距離が実はまだまだ遠いことに気づく。果たしてお互いを理解し合える日がいつか来るのだろうか。少なくとも枚方チームの14人の少年たちは、大舞台での貴重な経験を通じてその違いを知ることだけはできたと思いたい。


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