|
イラク派遣に隠されたキリスト教の世界
2004年02月09日(月)
萬晩報通信員 園田 義明
|
■ロイヤル・ダッチ・シェル連合の歴史
英国とオランダは、米国と欧州とを二股をかけて絶妙なバランスを取りながら、これまで「ショー・ザ・フラッグ(旗幟鮮明にせよ)」を極力避けてきた。英国はイラク戦争で米国を支持し一歩踏み込んだかのように見えたが、もし英国の存在がなければ米・欧の対立はより深刻になっていた可能性もある。
この二国の連合企業として世界を代表する国際石油資本がロイヤル・ダッチ・シェルである。ロイヤル・ダッチ・シェルは、イラクの戦後復興で主導的な役割を担い、2003年5月には米国防総省の下に設置された米復興人道支援室(ORHA)の石油部門顧問団代表に元米国法人社長フィリップ・キャロルを送り込んでいる。その後ORHAはイラク復興における米国内の国務省と国防総省の主導権争いに敗れ、現在は国務省出身のポール・ブレマーを文民行政官に迎えた連合軍暫定当局(CPA)に統合されている。
ロイヤル・ダッチ・シェルは1907年に蘭ロイヤル・ダッチ石油と英シェルが合併して誕生した。同じく英国とオランダの組み合わせによる合併企業として、1930年に蘭マーガリン・ユニと英リーバブラザーズが合併して誕生した食品・日用品・化粧品大手のユニリーバがある。最近では、1999年に蘭ホーゴーバンと英ブリティッシュ・スチール合併で世界三位の鉄鋼企業コーラスが誕生している。
国益にかかわる基幹産業で、英国とオランダとの連合企業を支えているのは両国の歴史が深く関係している。そして共に盛衰を経験しながら、歴史の中でじっくりと培われた両国の信頼関係がロイヤル・ダッチ・シェルやユニリーバに脈々と受け継がれてきたのである。
■カルヴァン派の最後の聖域
1568年、カトリック大国のスペインに独立戦争を挑んだオランダのカルヴァン派プロテスタントを全面支援したのがエリザベス女王率いる新教新興国の英国であった。そして、20年後には英国海軍はスペインの無敵艦隊を破り、世界の制海権はスペイン・ポルトガルから英国・オランダに移ることになる。東インド会社を設立した両国は東方貿易で国富を築き、英国は1688年の名誉革命でオランダのウィリアム三世を国王に迎える。一方、二つの国を結び付けたはずのカルヴァン派プロテスタントは、その後英国国教会から弾圧を受け、ピューリタンとしてアメリカ大陸へ渡り、アメリカ建国の精神的支柱となる。
ジャン・カルヴァンの教えは、魂の救済はあらかじめ神によって定められているとする「予定説」であり、職業を神から与えられた天職と考えて勤勉に従事すべきとする教えは、近代資本主義の発展に大きな影響を与えることになる。これは、20世紀の社会学者マックス=ヴェーバーの著作「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」によって論証されている。また、現世の終わりとキリストの再来を説く「千年王国論」もピューリタンを通じて受け継がれ、キリスト教右派のハルマゲドン思想に影響を及ぼしている。
まさにイラク戦争に踏み込むブッシュ政権を熱狂的に支持した米国のキリスト教右派の源流がここにあり、今なお原形を留めたままカルヴァン派プロテスタントの最後の聖域として米国南部・中西部に根を下ろしているのである。
今年1月20日、ブッシュ大統領は全米6000万人がテレビを通じて見ると言われる一般教書演説行う。今年の一般教書は大統領選を強く意識した内容となっており、道徳や信仰や家族を重視するものとなった。特に同性愛問題では「結婚は男女間で行われるという信念のもと、結婚の神聖さを守らなければならない」と語り、キリスト教右派などの保守勢力に配慮した発言を行っている。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、事前にキリスト教右派など保守系団体幹部にテレビで見るように電話で働きかけたとされているが、この電話の主は、やはりブッシュ大統領の再選戦略を取り仕切るカール・ローブ大統領上級顧問(政策・戦略担当)であった。
本来キリスト教右派の多くは、なによりも家庭やモラルを重視する敬虔な人々でもある。彼らを変えたのは2001年9月11日の同時多発テロであった。そして彼らの指導者がネオコンと協調しながらイラク戦争を主導した。キリスト教右派の指導者やネオコンの理想主義をハルマゲドンで煽りながら、巧みに操り、利用したのはチェイニー副大統領やパウエル国務長官らに代表されるエネルギー産業、軍事産業、メディア産業などの大企業と結びつく米国ローカルのビジネス・リアリスト〜共和党エスタブリッシュメントであった。そして、彼らの抱える組織票が大統領選を控えた今、カール・ローブによって束ねられようとしている。
■古い欧州と国連とバチカンの「新たな国際秩序」
イラク戦争に向けて準備を進める米国の前に立ち塞がったのが全世界約10億人のカトリック信者の総本山バチカンであった。危機感を強めるローマ法王ヨハネ・パウロ二世は2002年11月14日、イタリア国会を訪れ、上下両院議員を前にした初めての演説を行う。ここで、「世界の宗教は、平和をもたらすことができるかどうかの挑戦を受けている」と語り「紛争の論理にとらわれていては、真の解決は望めない」と述べ、イラク問題対する米国の力による解決を批判した。その後の再三にわたるヨハネ・パウロ二世の警告も米国には届かなかった。
イラクのフセイン元大統領拘束時にも、バチカンのレナート・マルティーノ枢機卿が「牛のように人間を扱う映像を流した」として米国側の対応を批判している(2003年12月16日記者会見)。
さらに、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は今年1月1日、バチカンのサンピエトロ寺院で行われた新年のミサで、イラク戦争、イスラエル・パレスチナ衝突などの中東地域の紛争、アフリカ各地の内戦の継続を嘆き、国連と国際法による紛争の平和的解決による「新たな国際秩序」の必要性を強く訴えた。法王は「人間の尊厳と国家の対等な関係を定めた国際法を尊重することが、恣意的な武力行使に対抗して平和を達成するための唯一の方策である」と強調し、「反テロ戦争」を大義名分に国連の承認を得ることなくイラク戦争に踏み切ったブッシュ政権の姿勢を再度批判した。
このバチカンは現在、拡大EUの「欧州憲法」の草案にも深く関与しているのである。つまり、重要な点は、イラク戦争に反対した古い欧州であるフランスやドイツなどと国連、そしてその背後にあるバチカンの姿をはっきりと浮き彫りにしたことだ。
大統領選の民主党候補を決める争いでは、カルヴァン派の流れを受け継いだ会衆派であるハワード・ディーン前バーモント州知事がまるで民主党の当て馬だったかのように失速しつつある。
ディーンに代わってアイオワとニューハンプシャーの緒戦2州に連勝したカトリックのジョン・ケリー上院議員が優勢を保ちながら、同じくカトリックであるウェズリー・クラーク退役陸軍大将(元北大西洋条約機構NATO欧州連合軍最高司令官)、最大のプロテスタント教派であるメソジスト派のジョン・エドワーズ上院議員、そしてディーンを加えた4名が激しく競う展開となっている。
ディーンの失速とカトリックであるケリー上院議員とクラーク退役陸軍大将の躍進は、カール・ローブの再選戦略を多少狂わせた可能性があり、滅多に外に出ないメソジスト派のチェイニー副大統領の二度目の外遊ではバチカン訪問(1月27日)も含まれていた。バチカンで行われたチェイニー副大統領とローマ法王ヨハネ・パウロ二世との会談が、単なる選挙向けに過ぎないのか、それともイラク戦争の隠れた米・欧衝突の勝敗が決まった瞬間なのか、その結論はまもなく明らかになるはずだ。
■日本のプロテスタントとカトリック
今まさに「ショー・ザ・フラッグ(旗幟鮮明にせよ)」を慣れない手付きで掲げて乗り込もうとしているのが日本である。イラク南部サマワで駐留を予定している陸上自衛隊は、英国軍の指揮下に置かれ、オランダ軍と協力関係になる。つまり、ロイヤル・ダッチ・シェル連合の中に組み込まれることになる。米国軍の指揮下ではないことに注目すべきであろう。
そして、断固たる決意で自衛隊派遣を指揮する石破茂防衛庁長官もプロテスタントである。本人の発言によれば、新島襄と同志社大学を作った初代金森通倫(母の祖父)から数えて4代目のクリスチャンであり、子供の頃は毎週教会に通っていた。「神が存在しないという考え方自体が信じられない」と語り、同じプロテスタントである三浦綾子の「塩狩峠」にも言及している。
「日本の防衛庁長官はキリスト教徒のネオコン。だから、キリスト教的価値観を重視するブッシュ大統領やネオコンのウォルフォウィッツらと結びついて、一心同体でイスラムに対峙するんだ」と書かれかねないとして、宗教心を語らないようにしてきたとのことであるが、この発言が掲載された言論誌「諸君2004年3月号」では4ページに渡って宗教観を語っている。この文面を読む限り、断固たる決意の裏にはプロテスタントの自己犠牲的な理想主義が見え隠れしており、カルヴァン派の影響が読みとれる。
聖書の教えからカトリック教会を批判して、離党したのがプロテスタント(抗議者)であり、カトリックを代表している日本人が、緒方貞子・前国連難民高等弁務官である。
緒方貞子の曽祖父は犬養毅元首相、祖父は外務大臣を経験した芳沢謙吉、父親は元フィンランド大使を務めた中村豊一である。夫である緒方四十郎(元日銀理事、日本開発銀行副総裁)は首相目前といわれながら急逝した緒方竹虎元自由党総裁の子息であり、富士ゼロックスの非常勤取締役や世界の選び抜かれた国際経済・国際金融専門家や金融政策当局などが集う国際金融マフィアの牙城「グループ・オブ・サーティー(三十人委員会)」のメンバーを務めてきた。つまり、世界の有力者の誰もが認める日本を代表する国際派エスタブリッシュメント・ファミリーである。
もともと小泉首相は2002年1月に更迭した田中真紀子前外相の後任に、緒方貞子をあてる人事を希望していたが、「家族の反対が非常に強い」「米フォード財団などの残された仕事をやり遂げたい」。そして、「何よりも、NGO参加排除問題で更迭騒動になる日本政治の現状には失望感がある。政権が一夜にして高支持率から低支持率に引っくり返るような状況でしょう」(毎日新聞2002年2月2日)などの理由で、夫である四十郎と相談したうえ、2月1日朝、福田長官に国際電話で正式に固辞する考えを伝えた。
同じ2月1日にニューヨーク市内のホテルで開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の夕食会に出席した緒方貞子は、イランのアフガニスタンへの干渉が問題になったことに対する毎日新聞の取材に「米国があんないらんことを言うから(イランも)いろいろ言う」と述べ、ブッシュ米大統領の悪の枢軸発言を批判するコメントも飛び出している。
そして、2003年10月1日、川口外相は独立行政法人として新たなスタートを切った国際協力機構(JICA)の理事長に緒方貞子を任命している。外務省OB以外では始めてとなる人事である。
小泉首相や石破防衛庁長官が語るイラクの民主化には、キリスト教原理主義とネオコンの戦略観に支配されているとしか思えない時期があった。しかし、この2003年10月を契機に慎重さが目立つようになってきた。
この国連とカトリックを結び付ける緒方貞子の起用は、小泉政権内のバランスを大きく変えたものと思われる。その象徴的な出来事は2003年12月の欧州、国連本部、中東への首相特使派遣である。橋本龍太郎元首相は英国でストロー外相、ドイツでシュレーダー首相、フランスでシラク大統領と会談し、高村正彦両元外相はエジプト、サウジアラビアを訪問、逢沢一郎外務副大臣もヨルダン、シリア、クウェイトを訪れた。そして中山太郎元外相をニューヨークの国連本部に派遣しアナン事務総長と会談を行っている。この時、中山特使は、フセイン元大統領の拘束により、フランス、ドイツも含めた国際社会が一致する機運が生まれたという認識を示し、人道支援を念頭に国連が中心的な役割を果たすよう求めたとされている。おそらくこの時にイラクでの戦後復興における日本と欧州、そして国連との密約が交わされていた可能性が高い。
創価学会という宗教票に支えられた小泉政権、そしてイラクへの自衛隊派遣を指揮するプロテスタントと国際協力機構(JICA)のカトリックの存在、これが現在の日本の置かれた現実である。また、このことが自衛隊に対するイスラム原理主義によるテロの可能性を高めることになることを指摘しておきたい。
そして、宗教をまとってイラクへと向かう日本に、現在の世界の隠された構図が明確に暗示されているのである。
■「新たな国際秩序」の行方
2003年11月4日、アナン国連事務総長は米国が先制攻撃の理論に基づいて単独主義的にイラク戦争に踏み切ったことで、国連創設以来の集団安全保障の原則が揺らいだとの危機感を表明し、安保理拡大を含めた国連の包括的改革に関する諮問委員会の新設を発表する。この諮問委員会に16名のメンバーが任命されているが、この16名の賢人の中に緒方貞子と米国から現在のイラク情勢の泥沼化を予測しイラク戦争反対を表明していたブレント・スコウクロフト元大統領補佐官が選ばれている点は興味深い。
そして、緒方夫妻が夫婦揃って仲良くメンバーを務めているのが、トライラテラル・コミッション(三極委員会=旧日米欧委員会)である。なお英ガーディアン紙は1999年4月13日付の記事で緒方貞子がある秘密会議のシークレット・メンバーであるとする記事を掲載している。これが事実だとすればこの会議に参加した唯一のアジア人ということになる。その会議の名はビルダーバーグ会議である。
「新たな国際秩序」と「古い国際秩序」の違いを入念に検証すべき時が来たことは間違いない。ここには単純な「反米論」や「親米論」などは存在しない。個人個人がしたたかに泳ぐ術を身につければいいだけの話しである。
共和党の一角であるリバタリアンに影響された古神道派の私自身を「反米主義者」扱いする方々にこのコラムを捧げたい。今日も1970年代の米国の音楽CDを聞きながら、愛すべきやんちゃな米国の行方を憂いでいる。
ジョン・ケリー上院議員の応援に駆けつけたベテラン・シンガー・ソングライターであるキャロル・キングの名曲をアレンジした"You've
got a friend in John Kerry."が本来の姿を取り戻しつつある米国を象徴していると思いたい。
□引用・参考
スコウクロフトのアルマゲドン・クーデター
http://www.yorozubp.com/0208/020823.htm
Conservative Groups Differ on Bush Words on Marriage http://www.nytimes.com/2004/01/22/national/22GAY.html
Dick Cheney's Peace Offering http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles
/A54839-2004Jan27.html
欧州カトリック勢力のロビー工作
http://www.diplo.jp/articles04/0401.html
防衛庁長官の「責任」と「覚悟」
諸君2004年3月号
Rage unites battered town
http://www.guardian.co.uk/Archive/Article/
0,4273,3853674,00.html
園田さんにメール mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp
トップへ |
(C) 1998-2003 HAB Research & Brothers and/or its suppliers.
All rights
reserved.
|