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クローズアップとロングショットによる多角的視点

2003年11月01日(土)
ジョージワシントン大学客員研究員 中野 有

 最近のニューヨークタイムズやワシントンポストのヘッドラインは、イラク、リベリア、北朝鮮問題が独占している。イラク問題では、ブッシュ政権のスクラップ&ビルド戦略がイラクの抵抗勢力にてこずり、泥沼化している。リベリアに関してはチャールズ・テイラー大統領が、副大統領に政権を移行し、ナイジェリアに亡命した。北朝鮮問題では、六者平和会合が、進展している過程が伝えられている。

 現在、ワシントンでこれらの国際情勢の動向に接しているのだが、偶然にも、これらの国々に深く関わってきた。

 イラクについては、イラーイラ戦争の最中のバクダッドに日本企業の駐在員として、大型インフラプロジェクトに関わり、戦時中のインフラ整備を学んだ。

 リベリアでは、UNIDO(国連工業開発機関)の準専門家として2年間、中小企業の育成の仕事に携わった。本部ウイーンに戻った2ヶ月後、チャールズ・テイラーが、象牙海岸から私が駐在したバンガというリベリアの中部にある中規模の町を制圧し、本格的な内戦が始まった。リベリアの経験を通じ、紛争が発生するまでの過程を習得することができた。

 北朝鮮については、UNIDO本部のアジア・太平洋地域担当官として、北朝鮮問題に深く関わった。韓国と北朝鮮が国連に同時加盟した1991年に、偶然にもこの両国を担当した。また北東アジアにおける多国間協力プロジェクトとして、豆満江流域プロジェクトが始まったのも、時期を同じくする。

 六者平和会合が実現されることにより、世界のブラックホールと見られる北朝鮮が、いよいよラストフロンティアとして、大きく変貌しようとしている。

 北東アジアの問題については、国連機関、北東アジアのシンクタンク、日本のコンサルタント、ワシントンのシンクタンクの活動を通じ、かれこれ10年間関わってきた。北東アジアのような複雑かつ流動的な国際情勢を読み解くにあたり、いかにフィールド経験に根ざした多角的視点が重要であるかを強く感じる。加えて、シンクタンクの構想とコンサルタントの実務的な青写真が融合した時に平和と発展への機運が生み出されると考えられる。

 喜劇王チャップリンは、「人生模様をクローズアップでみれば時には悲劇に映るが、ロングショットで展望すれば、喜劇と映る」との名言を残している。これを国際情勢に当てはめれば、イラク、リベリア、北朝鮮問題を現地でクローズアップで見れば情に流され時には悲劇と映るが、ワシントンからロングショットで展望すると、冷徹な大国による外交ゲームの一環と映る。クローズアップとロングショットで、国際情勢を鑑みることにより、本質に近づくことができ、より明確な平和構想が見いだされるのではないだろうか。

 国際情勢に無関心なアメリカの北東アジア観

 ブルッキングス研究所の韓国の同僚が、アメリカの国際化について興味深い研究を行った。アメリカ人の7〜8割がパスポートを取得しておらず、特に与党である共和党の議員の多くはパスポートを持っておらず、海外の事情に疎いとのことである。さらに、アメリカ人が好感を持っている国はヨーロッパやオーストラリアといった白人の国々であり、一方、敵視している国は、中国、ロシア、北朝鮮、中東、韓国、日本と北東アジアに集中している。この研究は、アメリカの平均的な統計のみならず、ワシントンの博士号を持つ50人の研究者とのインタビューも含まれており、アメリカの本質を知る上でも重要な情報だと考えられる。

 アメリカは、自由と民主主義とビジネスチャンスを求め、世界から優秀な人材を惹きつける魅力が存在している世界連邦国家である。アメリカは、日本とは対極的な多民族国家であるが、その平均的アメリカ人は、日本人が考えているより遙かに、国際情勢に疎い。日本は、日米同盟基軸だと考え、有事の際にはアメリカは日本を守ってくれると大多数の日本人は期待しているだろうが、クローズアップでアメリカ内部を見ると、日本のアメリカ一辺倒の依存主義には不安を感じる。

 イラクの復興支援に日本の役割はないか

 日本はアメリカの一国主義によるイラク戦をサポートした。理由は、日米同盟と北朝鮮問題との絡みである。イラク戦が終結し、3ヶ月が経過した現在も米兵が毎日のように殺されている。いっこうにイラク国民に平和が到来する気配が感じられない。米国による先制攻撃が始まる当日まで、戦争回避についてブルッキングス研究所で声高に意見を述べた。戦争反対の理由は、アメリカがアラブの気質、すなわちバビロンの遺跡にあるハムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」との報復を充分理解していないからであった。22年前のイラーイラ戦争の最中に、バグダッドで生活し、アラブの気質に触れることができた。クローズアップでイラクに接することにより、ブッシュ政権に無視されたイラクの仕返しを予測することができたのである。

 アメリカは、世界第2の石油資源国であるイラクの石油をあてにして、スクラップ&ビルドの戦略を実施した。世界の2位から15位での合計より高いアメリカの軍事費をもって、最新鋭の軍事産業を世界に広げるチャンスでもあり、スクラップの後には、復興によるビジネスが生み出されるとの短絡的な見方もあり、ブッシュ政権はパンドラの箱を開けてしまったのである。

 フランス、ドイツ、ロシアは、アメリカの近視眼的一国主義に反対し、世界に「平和の枢軸」から発せられた平和のラリーの輪が広がった。インターネットの威力もあり、瞬く間にイラク戦反対のムードが高まった。このような状況で、日本はアメリカのイラク戦の回避に回るどころか、戦争をサポートしたのである。

 日本は、アメリカの同盟国であるが故に、最終的にはアメリカに歩調を合わせるしかなかったであろう。しかし、大西洋を挟み、アメリカとヨーロッパが対立しているときに、世界第2の経済国であり、平和主義と国連重視を掲げる日本はその仲裁に入る余地はあったと思われてならない。日本が、クローズアップとロングショットで、日米関係のみならず、国際情勢を理解し、戦争を回避するとの崇高な情熱があれば、アメリカとヨーロッパの軋轢を低下させるチャンスはあった。国連安全保障理事会の場で、日本は堂々と以下のスピーチを世界に発信すべきであった。

「日本はアメリカと同盟関係にあり、できるかぎりアメリカと協調することが日本の安全保障にとって重要である。しかし、同時に日本は、国連外交による多国間協調も重要であると考える。これが、日本の和の精神であり、国の基軸だ。そこで、イラクの問題に関しては、フランス、ドイツ、ロシアの平和の枢軸が唱えるように、外交的努力を期限を設けて行うことを提唱する。日本には「待てば海路の日和あり」という非常にいいことわざもある。国連で決着がつかなければ、G8の課題として検討するべきだ」。

 戦争の回避は不可能であっても、フランスやロシアが参戦するまでの数カ月の時間稼ぎを成功させていれば、イラクの復興支援がこれほどまでに滞ることはなかったであろう。しかし、現実的に日本は米国に歩調を合わせたからには、イラク復興支援活動で主導的立場をとるべきである。世界最大のコンサルタント会社であるベクテルが、米国開発省とイラク復興支援の説明会をワシントンで行った。予想を遙かに上回る2000人近くの参加であった。イラクの石油資源をあてにし破壊から創造を通じ、中東の民主化と市場経済化を進めるアメリカの本質を把握し、日本のイラク復興支援を進めるべきであろう。

月刊「国際開発ジャーナル」(International Development Journal)
http://www.idj.co.jp/books/j.html
の新連載「中野有の世界を観る眼」10月号のコラムです。



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