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敵基地への先制攻撃能力の保有は錯覚だ

2003年04月01日(火)
東大教授 中澤英雄(ドイツ文学)

 石破防衛庁長官は、3月27日の衆院安全保障委員会で、敵国の攻撃の気配が見えたとき、敵基地を攻撃する能力の保有を日本も検討すべきだ、と論じた。安部官房長官も、30日のフジテレビの報道番組の中で、検討自体は排除すべきではない、と述べた。

 北朝鮮からのミサイルは10分以内に日本に到達する。発射を確認してからでは、敵ミサイルを迎撃できない。敵基地攻撃能力というのは、北朝鮮が日本にミサイルを発射しようという準備を始めたとき、日本が北朝鮮に先制攻撃をかけて、それを破壊する攻撃力である。

 これは専守防衛というこれまでの国防方針の根本的転換となる。小泉首相は、専守防衛に徹するとして、敵基地攻撃能力の保有に否定的見解を示した。しかし、最後は「雰囲気で決める」という小泉首相であるから、いつこの姿勢が転換するかわからない。

 しかし、敵基地攻撃能力の保有が、真に日本の安全を守ることになるのだろうか。それは錯覚だと思う。

 かりに北朝鮮がミサイルに燃料を注入し、日本に向けて発射する準備を始めたとしよう。日本が偵察衛星でそれを察知し、先制攻撃でそのミサイルをすべて破壊できたとする。それによって、日本の安全は確保されるか。ノーである。

 日本には北朝鮮の工作員がすでに多数潜伏している。工作員は、当然、報復テロを行なうだろう。地下鉄サリン事件、韓国地下鉄火災事故を見るまでもなく、東京、大阪などの大都会で、大量の民間人を殺戮するテロを引き起こすことはいとも容易である。地下鉄、新幹線、飛行機、原発、行楽地など、攻撃目標はいたるところにある。日本は、敵ミサイルを破壊する代わりに、相当のテロ被害を覚悟しなければならない。ミサイルの被害とテロの被害はどちらが甚大かわからない。

 たとえテロの被害を小さく抑えられたとしても、日本は大きなデメリットを覚悟しなければならない。

 日本による北朝鮮への先制攻撃は、日中関係、日韓関係に深刻な悪影響を及ぼすだろう。中国は日本からの先制攻撃がありうるという前提のもとで、対日軍事戦略を再構築するだろう。そして、日本への先制攻撃態勢を準備するであろう。

 韓国は日本が北朝鮮をたたいてくれたことに感謝するだろうか。同胞を先制攻撃したということで、ただでさえ悪い韓国人の対日感情がいっそう悪化する危険性がある。さらに、日本の先制攻撃に対処するために、韓国も敵基地攻撃能力の確保に向かうだろう。

 日本が先制攻撃能力を持つということは、日本も先制攻撃をしかけられても仕方がない、ということを意味する。極東で、先制攻撃への疑心暗鬼が深まり、軍拡の悪循環が始まる危険性がある。先制攻撃が当たり前になった世界ほど恐ろしいものはない。

 武とは、矛を止めるという字である。武力は用いないでこそ成功である。自国であれ他国であれ、武力行使の可能性を高めるような政策は愚策としか言いようがない。どんなに面倒に思えても、紛争は外交的手段で解決するしかない。外交とは武力行使を避けるための努力である。たとえ万々が一、最後に戦争が不可避になったとしても、先制攻撃をしかけることは、自国の道義的基盤を切り崩す。

 戦後の国際社会は、先制攻撃を国際法違反とすることによって、かろうじて大戦争を回避してきた。

 この意味で、アメリカが今回、イラクからの直接的脅威もないのに、国連決議なしにイラクに先制攻撃をしかけたことは、致命的な過ちであったと言わざるをえない。そして、そのアメリカを無批判に支持した日本政府の対応も重大な過ちであり、国益に反すると言わざるをえない。

 筆者は国益という観念があまり好きではないが、小泉首相をはじめ政治家たちが国益という観念を基盤にしてアメリカを支持しているので、あえて国益という語を使って述べている。

 アメリカのイラク先制攻撃に対しては、日本は本来ならば、国連憲章と国際法を盾に、徹底的に反対すべきであったと思う。アメリカの同盟国日本が、アメリカに理をもって異議を唱えたならば、日本の勇気ある平和主義が近隣諸国に明確に認知されたことであろう。北朝鮮は、アメリカの先制攻撃にすら反対した日本を見て、日本からの先制攻撃を恐れる必要がなくなる。これは、北朝鮮の日本に対する恐怖心をやわらげ、北朝鮮の先制攻撃の可能性を著しく低下させるので、日本の国益にかなう。

 その上で、拉致日本人の返還と核開発の断念を、食料援助や経済援助と絡めて、ねばり強い交渉によって獲得すべきであった。

 もし、それでも北朝鮮が日本に武力攻撃をしかけたときには、日本からの補償と経済支援は永遠になくなる。徹底的に先制攻撃を否定した日本に攻撃をしかけることは、イラクのクウェート侵略以上の暴挙であり、アメリカと国際社会の武力制裁を覚悟しなければならない。日本を攻撃することは、北朝鮮の滅亡である。北朝鮮にとって、日本への武力行使は最後の自滅オプションになる。

 しかしながら、アメリカが武力で北朝鮮を威嚇しつづければ、北朝鮮が自暴自棄になって自滅オプションを取る可能性がある。もともとアメリカを倒すことは無理なのだから、北朝鮮が破滅への道連れに選ぶのは、同胞の韓国ではなく、憎むべき日本であろう。

 アメリカのイラク攻撃に明確に反対することによって、北朝鮮問題における日本の国益を確保するというチャンスを、日本政府は失ってしまった。

 アメリカにたてつけば、アメリカが日本を日米安保条約を解消し、日本を見捨てるのではないかと心配する人がいる。北朝鮮問題があるから日本はアメリカを支持せざるをえないのだ、というわけである。日本はアメリカに守ってもらうしかない、という情けない議論が現実主義路線としてまかり通っている。

 たしかに、国際問題において日米の考えがあまりにも乖離したときには、日米安保条約の解消もありうるかもしれない。しかし、それによっても、アメリカにとっての日本の戦略的重要性はいささかもかわらない。

 アメリカは、クウェートと安保条約を結んでいなかったが、武力を使ってイラクをクウェートから追い出した。クウェートが石油を産出する価値ある国だからである。

 日本はアメリカにとってクウェート以上に重要なパートナーである。日本を失うことは、アメリカにとって大きな政治的、経済的損失である。国際問題に関して日本がアメリカに対して異なった意見を述べたという理由で日本を捨てるならば、アメリカも損失を被る。イラク戦後の復興事業で日本の経済支援を当てにできなくなる。北朝鮮の侵略という明白な違法行為の際に日本を見殺しにしたら、アメリカの国際的信任は地に落ちるだろう。アメリカが何もしないのを見れば、中国は台湾の武力制圧に向かうだろう。アジアは中国のものになる。アメリカが日本を見捨てることは、アメリカがアジアを失うことだ。

 しかし、イラク攻撃によってアメリカの国際的信任はすでにかなり地に落ちてしまった。日本は、アメリカに過ちをおかさせないために、友人としてあえてにがい助言するという絶好の機会を失い、同時に国益も損じた。

 この過ちを修復するためには、今後、アメリカも日本も相当な努力が必要とされるだろう。日本政府には、少なくとも、敵基地攻撃能力を持つという再度の過ちだけはおかしてもらいたくない。

 中澤さんにメールは mailto:naka@boz.c.u-tokyo.ac.jp

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