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金正日総書記の非公式訪中の目的

2001年01月23日(火)
萬晩報通信員 河 信基

 中国外務省と共産党対外連絡部が一月二十日、朝鮮民主主義人民共和国の金正日総書記が一月十五日から二十一日まで中国を非公式訪問したと公式に発表した。金総書記の訪中は十五日早朝、北朝鮮から中国に向かう特別列車が確認された時点から噂され、一斉に追跡に走った内外報道陣により上海の経済開発特別区・浦東新区の日系企業や証券取引所を視察する総書記の姿がチラリとではあるがカメラに映し出されるなど、半ば公然の秘密であった。それだけに、この時期に金総書記が何故このような形で中国を訪れたのか、その目的に内外の大きな関心が集まっている。

 常識的に考えられるのは、湾岸戦争コンビを閣僚に据え、対北朝鮮関与政策の重点を対話よりも抑止へとシフトする気配を見せているブッシュ新政権を、中国との緊密な関係を誇示することで牽制しようというものである。これは北朝鮮ウオッチャーに支配的な見方で、北ミサイルの開発、輸出にNMDやTMDで対抗しようとする米政権に北・中国が共同戦線を組もうとするのは政治軍事的戦略上十分にありえることだが、私はそれにもう一つ別の見方を付け加えたい。

 昨年五月、金総書記は南北首脳会談直前に極秘訪中したが、私は、今回も金総書記のソウル訪問時期が早まり、三月か四月には第二回南北首脳会談がもたれると見ている。どういうことかと言えば、昨年後半から北は対韓国接近にブレーキをかけ、クリントン訪朝と対米関係正常化に力点を置いた。それが失敗したため、再び南北融和に力点を移し、いわば韓国を盾にして米新政権の圧力をかわし、交渉を有利に進めようという作戦である。

 こういうと、韓国は体よく利用されているようにも見えるが、しかし、かつての金日成時代はともかく、今の北朝鮮にそれほどの余裕はない。外からの脅威に劣らず、経済破綻という内からの脅威が体制破綻をもたらしかねないほど深刻化しているからである。

 こうした視点でみると、金総書記の非公式訪中の重要な側面が浮かんでくる。すなわち、それは北朝鮮がいよいよ開放・改革の方向に踏み出す予兆ではないのかということである。

 韓国の金大中大統領は、中国側が公式確認する前に開かれた今年初の国家安全保障会議でそのような見方を示した。前年六月に金総書記と初の南北首脳会談を成功させ、それが大きく預かってノーベル平和賞まで受賞した大統領としては、軍事力をちらつかせた脅しや圧力といった北風ではなく、経済援助や食糧支援の南風で北朝鮮を国際社会に招き入れる、イソップ童話に倣った包容政策=太陽政策の成果として現実を認識しようとするのはある意味では当然のことであろう。

 しかし、大統領はそれを明らかにしてはいないが、おそらく、単なる心情を超えた具体的な根拠があるものと思われる。

 すでに設置されている南北ホットラインを通じて、北朝鮮側から事前通知があった可能性は否定できない。そうでなくとも、前年五月の極秘訪中時同様に、中国側から早い時点で通知があったことであろう。

 いずれにしても、韓国側には金総書記の非公式訪中の目的を推し量るに十分な材料があったことは事実である。というのは、日本ではほとんど知られていないが、実は北朝鮮当局は金総書記が中国に向かった同じ日、韓国側に突如、重大な提案をしている。東海岸の天下の景勝地で、現代グループがすでに大々的な観光開発をしている金剛山に近い海岸都市・通川を先端技術開発地区として開放するというものである。ソウル、ピョンヤン中間の古都・開城を経済特区にする話は南北首脳会談の最中に決まったていたが、通川案は初めてのことである。

 通川は海岸都市で、海岸線から離れた開城より交通インフラは整備しやすい。地図を見ればすぐわかるように、北朝鮮の東海岸第一の都市・元山に隣接し、韓国にも近く、韓国最大の港湾都市・釜山とも連絡しやすい。そして、日本とは日本海を隔てた最短距離にあり、立地条件は申し分ない。 さらに、示唆的なことは、通川の立地条件が、今回の非公式訪中で金総書記が視察した上海の裏東新区と似通っていることである。 こうした事実を見れば、金総書記の非公式の訪中の狙いがどこにあるか、誰にもピンと思い至るものがあるであろう。北朝鮮の独特の行動パターンからして、北朝鮮側は通川案を示すことで韓国側に総書記訪中の意味を間接的に伝えたとも考えられる。

  金総書記は北京を素通りして上海へと直行し、現地で見るものをすべて見てから江沢民中国主席と正式に会見した。公式訪問ではありえない破格の行動であるが、逆に言えばそこに非公式訪問の意味を読むことができる。つまり、総書記の訪中の最大の目的は、中国の改革開放政策の成果を具体的に確認し、自身の政策に反映させることにあったのである。総書記は江沢民主席との会談で中国の成果を賞賛し、宿舎に戻って対外政策を担当してきた金容淳書記ら党幹部を叱責したと伝えられる。過去、総書記は中国の社会主義的市場経済を修正主義と批判してきたが、それからの転換を図ろうとしていることが容易に見て取れよう。

 「始めがすべてだ」という諺があるように、朝鮮民族は物事の開始時を極めて重視する精神文化的的特徴がある。今年年頭に労働新聞など北朝鮮各紙は、旧い方式を大胆に改める「新思考」を訴えた。北朝鮮独特のレトリックで改革・開放政策を国民に呼びかけたとみて間違いなかろう。国内で全能の指導者として崇められている金総書記の訪中は、その率先垂範と位置付けられるものである。この文脈から見て、いよいよ北朝鮮は改革・開放政策へと本格的に舵を切ってくるものと思われる。

 金総書記が韓国近代化の基礎を築いた朴正煕元大統領に大きな関心を寄せていることは知る人ぞ知ることである。金日成は朴正煕と激しく対立したが、後継者の息子はこの点では父親と立場を異にするようだ。金大中大統領ら金総書記と直接会った人物は彼が意外と現実主義的で合理的思考の持ち主であることを一致して指摘するが、こだわりのない朴正煕観にそれがよく現れている。

 北の改革・開放政策の今後の展望を言えば、詳細は拙書「韓国IT革命の勝利」に譲るが、搶ャ平型よりも効率化された朴正煕型の開発独裁に近いものになろう。朴元大統領は歴代大統領ではいまや最も高い国民的人気を得ている。同じ道を歩んできた韓国側も過度的な形態としてそれを受容せざるを得ないものと思われる。


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