北京に銀行マンとして駐在する親しい友人から正月のメールがきた。
「先月は広東省の深セン、東莞、江門、広州に出張しました。今回の出張で一番考えさせられた点は中国の勢いについてです。日本はずっとゼロ成長が続いていることもあり、社会全体が保守化、停滞化し、閉塞感が出ていますが、中国は高度成長経済の真っ只中にあり、秩序はないものの、社会に活力があり、勢いがあります。中国では一人っ子政策の影響もあり、あと10−20年もすれば中国も高齢化社会に突入し、社会が停滞する可能性も出てきますが、それまでまっしぐらに走り抜けようとするのが今の中国の戦略のような気がします」
●現実のものになった30年前の荒唐無稽な話
このメールを読んでいて東京外語大で中国語を学び始めた30年近く前のことを思い出した。中国ではまだ文化大革命の嵐が吹き荒れていた。紅衛兵が掲げた「造反有理」ということばが日本でもはやり、中国語学科の多くの学生は毛沢東帽をかぶって中国にかぶれていた。奇妙なことに革命中国にハエがいないことが褒め言葉だったりした。
そんな中で長谷川寛という主任教授の話したことが印象的だった。
「10億人の中国人全員がパンツをつくるようになったら世界の4人に1人が中国製のパンツをはくことになるのだ。パンツなどだったらまだいい。中国の女性がみんな毛皮のコートを着たいといいだしたら世界中の獣という獣の皮は中国人のものになってしまう」
その時、学生たちは「そんなばかな」と先生の話に耳を貸さなかった。だがその荒唐無稽と思われた話が現実のものになったのだ。パンツどころの話ではない。われわれが袖を通す多くの衣料品が中国製であることなど当たり前すぎ、家電製品やパソコンの周辺機器でさえ中国製であることに誰も疑問を挟まない時代に突入した。
数千万人を擁する上海地区では昨年、一人当たりGDPが4000ドルを超え、中国全土の携帯電話の保有台数も日本を上回っていまや世界第二位の携帯電話市場と化した。7大都市で実施した調査では70%の家庭が今後5年以内にマイカーを購入する考えであることも明らかになった。景気の変動はあっても巨大な国内市場が豊かさにむけてばく進中であることは間違いない。
●21世紀最大の感慨はアジアの台頭
1997年にトウ小平が死去した時、世界は中国の改革開放経済の行方を危ぶんだ。同じ年の7月1日の歴史的香港返還に際しても、自由都市「香港」が赤化するのではないかと行く末を案じた。
だがそれからたった4年しか経っていないのに、いまやこの「改革開放」というスローガンすら死語と化し、世界はこの国を支配する政治体制が共産主義であることすらすっかり忘れてしまっているかのようだ。
1980年代のシリコンバレーを支えたのは台湾からアメリカに留学した人材だといわれ、90年代にはバンガロールのハイテク団地を中心とする大量のインド人テクノクラートがITの推進役をはたし、中国のハイテク技術者たちもネット社会の要所でキーマンとして存在感を増している。
21世紀が中国の時代だなどという事大主義的な見通しをのべるつもりは毛頭ないが、20世紀を振り返って最大の感慨は西洋列強の植民地が独立を果たし、中国を中心としたアジア社会が世界の富の争奪戦に参画し始めたということではないだろうか。そしてアジアの台頭という世界史の大きな転換は、功罪を含めて明治維新以来の日本という存在抜きには語れないという事実を忘れてはならない。
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