HAB Research & Brothers

 

米国におけるLiberal Artsの大学入学の状況

2000年12月15日(金)
アメリカ在住彫刻家 斎藤隆生

 米国のマサチューセッツ州などを中心としたニューイングランド地方には、18世紀後半から19世紀始めにイギリスの大学システムをモデルにして設立されたUniversity(大学、大学院を含む総合大学)やCollege(大学4年生教育を中心にした大学、日本で云う単科大学とは全く異なる)が、多く集っています。

 今年の夏から車で、マサチューセッツ州やメイン州などのニューイングランド地方を中心に各大学を訪問しました。各大学では訪問者のための、入試事務局のアドバイザーが学校の授業内容などに関して説明する説明会を1時間、そして在学生がキャンパス内を案内するキャンパス・ツアーを夏休み中行なっています。

 息子はニューヨーク市内の私立学校(幼稚園から高校まで)に通っています。少人数のクラス編成(1学年が78人で、1クラスが20人以下)での教育を小学校の時から受けているので、多人数のクラスで授業を受けた経験もなく、また子供の性格上、多人数のクラスで授業を受けるのは不利だろうと思い、大学に関してもマンモス大学のような学校は避けました。

 私たちは、大学の教師1人に対して学生数が何人であるかに注意しました。そして全体の学生数の多い大学は避けて、1学年が400人から600人程度の学校に絞ろうとしました。このように大学に関して調べているうちに、希望する大学の殆どが、私立の大学で卒業後BA(Bachelor of Arts)学士が取得できるLiberal Arts教育であることを知ったのです。

 本人も、将来何をやりたいのかまだ明確に決めていません。ただ今は科学・生物学系に興味を持っているので、Scienceに関する施設がキャンパス内に十二分に備わっているかどうか、大学訪問の際に注意しました。また大学のアドバイザーにも、医学分野に行こうとした場合の大学院へのテストに何%が合格しているかなど具体的な質問をしました。

 そして子供は大学生活の間もピアノを続けたいとのことで、音楽室の施設も注意して見ました。そして特にキャンパス内の寮の施設に関しては子供自身が非常に興味深く見ていました。多くの大学の寮は一部屋に2人か3人の学生が入ってベットを2段にして暮らしている状態で、立派な教室や図書館に比べて、質素で狭いところがほとんどでした。ある大学側の説明では、図書館は24時間使えるので問題はないとの答が返ってきました。私たちが訪問した全ての学校は最初の1、2年間はキャンパス内の寮生活を全学生に要請していました。3年目からは大学が所有する家にグループごとに一緒に暮らすシステムを持っているところもありましたし、比較的大きな部屋を許される大学もありました。

 米国は、この10年間に大学進学希望者が25%以上も増えて、アイビーリーグなどの有名大学は入学するための競争が非常に激しくなっています。アイビーリーグなどは標準試験「SAT I」のスコア―がほぼ満点に近い1400点以上なければ入学は困難だと言われています。しかし、すべての大学がスコア―だけで選択することはなくて、アイビーリーグの場合、両親か祖父母が卒業していれば選考を優先します。また伝統もあり有名な大学でも「SAT I」のスコア―を出さなくても良いという大学もあります。

 どうして入学選考するのかとの私たちの質問に、そのアドバイザーは「『SAT I』のような統計的テストを私たちは信頼していない。それよりも、子供がどのように学校で行なってきたかを重視する。そして小論文を読めば、その子供の人間性が良く理解できるので、大学側は、与えられた主題に基づいて書く文章を重視している」との答えが返って来ました。しかしUS Newsのベストスクールのレポートによると、その大学の学生は高校クラスの成績が上位5%から10%の学生であるとの報告を読みました。

 現在、私たちは子供の希望する大学に願書を送ろうとしていますが、その内容が少しでも参考になれば良いのですが。各大学には、それぞれの願書内容が少しづつ違っています。しかしおおよそは「SAT I」(標準試験で英語と数学の一科目ずつ)と「SAT II」(標準試験で、英語筆記、高等数学、化学、生物、物理、スペイン語などの外国語:私の子供は日本語のスコア―を出しました。普通は選択肢として3科目ほど提出します)の最高点スコア―(原則的には何回でも受けることが出来ます)、そして高校からの成績証明書、先生2名の推薦書(普通は英語と、数学か科学系の教科の先生)、また校長あるいはそれに該当する高校の担当者からの推薦書が直接に志望する大学の事務局に送られます。

 その他に大学が考慮するものとして、オプションとして芸術ARTに関すること、つまり本人の録音した音楽録音テープ、そして絵画などのスライドと、本人の音楽歴や芸術に関しての本人の考えをまとめたレポートを提出します。私の子供の場合は、ピアノを弾いた録音テープと白黒写真プリントのスライド、ジャクソンポロックとユングとの関係を簡潔に書いたものを提出しました。

 また、願書内にはスポーツ歴を記述する個所があり、私の子供の場合は空手とフェンシングを記述しました。場合によっては大学側からスポーツ選手に対するスカラシップがあるため、スポーツを行なっている様子を撮影したビデオも送る人もいます。ボランティアやアルバイト歴も大切で、学校によっては本人の長年付き合っている友人のコメントを求めるところもあります。

 そして、どの大学も重要視している、小論文提出が要求されます。小論文のテーマは各大学によって違いますが、少なくても2つか3つの小論文を各大学に提出することになります。また学校によっては、実際の授業で本人が提出した小論文に先生がコメントを書き込んだものをコピーして提出するように要求しているところもあります。また多くの大学では、本人とのインタビューも求めています。

 余談ですが、子供の通う学校で昨年「SAT」の成績が満点でハーバードに志願した子供がインタビューで拒絶されたことがありました。こちらでは点数だけでは判断しない一例です。また政治的配慮も成されています。1960年代には、ユダヤ系アメリカ人に対して州立大学が入学する数を制限することがありました。1970年代始めにはアジア系アメリカ人に対して州立大学が入学する数を制限することがありました。一時、戦後間もない頃からユダヤ系アメリカ人の入学者数が非常に多くなったため、社会のバランスを取るために行なわれたものです。アジア系も1970年代に非常に入学数が増えました。TIMES誌に特集されたほどです。

 これは米国社会の持つ人種構成からする配慮で、逆のことが言えるのは、今でも黒人系アメリカ人やヒスパニック系アメリカ人を優先して入れる枠組みを多くの大学が持っています。例えば、1つの人種によってひとつの職業(例えば弁護士とか医者)が占められてしまうのは米国社会にとっては非常に問題なのです。これは60年代の公民権運動によって改善が進められたマイノリティーの人々に対する配慮の一端です。

 大学の授業料はこうしたLiberal Artsの私立の場合、年間3万ドルから4万ドル(授業料、寮費、食費、を含む)が必要です。約半数の学生がスカラシップや学費ローンなどを受けています。しかし、確かに親にとっては大きな負担です。また州立大学でも2万ドルから3万ドル必要ですが、州立大学の場合、その州に住んでいると学費が30%から50%近く免除されます。これは州政府に税金を払っているTAX PAYERの立場が強いからで、住民の当然の権利と考えれています。

 米国に国立大学というのはありませんが、あるとすれば全額免除の陸・海。空軍の大学関係でしょう。多くの私立大学は、素晴らしい敷地面積と建物・施設を持っています。多くの寄付が卒業生から成されている大学が多くて、特に18世紀からの伝統を誇る大学には巨大な寄付が集っています。また教員もキャンパス内に住んでいる場合が多く、研究機関としての役割を同時に大学は果たしています。

 Liberal Artsの大学の場合、学生数9人から12人に対して1人の教員を保持している場合が殆どです。そして、どの大学もコミュニティーへの奉仕活動を重視していて、多くの学生がボランティア活動を行なっています。また多くのLiberal ArtsのCollegeが地方にあって、その地方での文化活動の中心の役割を担っていて、演劇、音楽会、展覧会、スポーツイベントに地元の人々も自由に出入りしている大学が多いようです。ある大学ではレンブランドも所有している美術館も持っていました。スポーツ施設はオリンピックで使えるような施設を保持しているところが多く、私たちも驚きました。また、地方都市においては、こうした教育産業から受ける恩恵も非常に高いと思います。



 最後に、Liberal Artsのコンセプトですが、ある本からの引用を記します。

 Liberal education has means many things, but as its core is the idea of the kind of education that a free citizen of a society needs to participate in it effectively.(リベラル教育とは多くのことを意味しているのだが、その中心の核になるものは、自由な一市民として積極的に社会に参加するために、役立って、必要になるような教育を目指すことで、それがリベラル教育の理想である)

 l Think and problem-solve in a creative, risk-taking manner.(危険を恐れないマナーで:おじけないで、独創的に、問題解決のために考える力を養う)

 l Express ideas and feelings in organized, logical, coherent, descriptive, rich language both orally and in writing.(組織的に、論理的に、首尾一貫して、記述的に、豊かな言語表現で、口頭で、そして書くことによって、自らの考えと感情を表現する力を養う)

 l Analyze, organize, and use data for meaningful solutions.(有意義な解決策を見出すために、記録・データを分析し、組織立て、使用すること出来る力を養う)

 l Develop the capability of setting goals with appropriate information and research and then achieve those goals with proper means.(特定された情報と調査によって、目標を設定する能力を発展させて、適正な方法で、これらの目標を達成する力を養う)

 l Help define a personal-value and ethical system that serve throughout life in making the challenging decisions one will face.(人が立ち向かわなくてはならない挑戦的な決定判断をしようとする場合に、その人の全人生を通じて、そうした場合に役に立つ、個々の人間が持つ尊厳・価値観、倫理上のシステムを、本人が明確に持つ力を育てることを助けること)

 l Have the capacity and instinct to work in a cooperative, collaborative manner with others in one's professional and community life.(本人が向かう専門分野と、本人が所属するコミュニティーでの生活において、他の人々と協調して、共に協力するマナーを持って、働く能力と働く本能を持つようにすること)


 齋藤さんにメールは mailto:sakuraUSA@email.msn.com
 トップへ 前のレポート

(C) 1998-2000 HAB Research & Brothers and/or its suppliers. All rights reserved.