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I HOUSE SPECIAL 政治を語る(3)

平和問題を選挙で問えるのはいつの日か

1997年00月00日
 元中国公使 伴 正一

ご意見
  PKOでカンボディア派遣中の高田警部補が撃たれたとき、かねてから「自衛隊は海外派兵につながる。警察を出せ」と主張していた社会党は、バツが悪かったと見えておとなしい。そのとき自民党で、しかも閣僚の地位にあって、日本PKO総引き揚げ、という社会党顔負けの主張をしたのが小泉純一郎であった。

 PKOに危険はないということだったではないか。その前提で出したのだから、前提が崩れたら引き揚げるのが当然、というのである。

 理屈は通っている。小泉らしいところでもある。だがそれは平和問題の日本における難しさを知らなさ過ぎるか、かぶりをするものだ。

 そんなことをしていたら日本は、全世界の前で大恥をかくところだった。

 ●危ないところはまっぴらご免
 PKOを出そうとすれば「危険な状態は存在しない」と言わざるを得ない。カンボディア和平を仕上げるために、という平和国家にふさわしい大義名分があっても、身に危険が少しでも降りかかるようであれば人の子一人出せない。それが日本平和思想の風土なのだ。ホンネのところをあっさり言えば、世界人類の平和なんて実はどうでもいい。

 カンボディアの戦乱が収まろうと収まるまいと(今で言えばボスニア・ヘルツェゴヴィナで何百万人が戦火にさらされようと)知ったことではない。自分たちの命を危険にさらすことまでして人の国の戦乱収拾に手を貸すことは、美徳どころか容認さえされていないのだ。

 「若者を戦場に送るな」というシュプレヒ・コールは、どうやら今ではこんなホンネのところで国民大多数の共感を喚んでいるように思えてならない。だからいざ選挙にでもなったら、特に母性本能をくすぐって、一気にブームを起こすくらいの底力を発揮する。今や戦後日本の平和思想は、平和というより人命至上主義に本当の重心は移っていると言って過言であるまい。

 ●どこの国でもイヤなこと
  日本ほど極端ではなくても、どこの国だって若者を戦場に送りたくなんかない。中でも母や妻の身になってみれば、いづこも同じ人間自然の情だ。

 更に冷戦期の緊張が失われている今では、この半世紀、あれほど世界にかかわってきたアメリカでさえ、世界のことにかまけるのはよせ、という声が出始め、選挙でも無視できない勢力に成長しつつある。

 みようによっては、かつてのモンロー主義の上を行くような一国平和主義の擡頭だと言えるかも知れない。

 よその国の戦乱などどうなっても仕方がない、という内向きのところが、今の日本の平和思想そっくりだ。

 ●攻め得、取られ損でいいのか
 デモクラシーが流れて行きそうな、こんな一国平和主義の思想が世界の共通意識になりでもしたら、各国が助け合う余地はない。どこかの国で勇ましい声が高まって武力行動に出でも、これを遮(さえぎ)る動きはどこからも出ない。出るのは「やめろ」「やめろ」の大合唱だけ。国連も安保理決議という紙きれを濫発するだけに終るだろう。

 哀れなのは攻め込まれた国、攻撃をハネ返すだけの軍事力を日頃から蓄えてきた国でなければ、戦わずして敵の軍門に降るか、勝ち目のない自衛戦争を何日か何週間か続けるだけだ。そしてこの、強い者勝ちの世界が、一国平和主義が世界を風靡(ふうび)したあと世界がたどりつくであろう姿なのである。

 ●選挙では吹き飛ばされ勝ちな理性
 理性が支配している論争の場でなら、戦後日本の平和思想に対しても、こうして堂々と論争を挑むことが可能になるだろう。反論、再反論、再々反論と論議を尽していけば、つまらぬ揚げ足取りのような部分が消去されて、双方の立つ世界観が平易に、くっきりと浮き彫りになるだろう。

 だが今の日本の精神風土はそうなっていない。不毛の議論が多い。そうでなくても折角の議論が、先程のキャッチ・フレーズのような殺し文句で吹っ飛ばされたらそれでおしまい、そんなことになり易いのである。

 そしてその典型が選挙なのだ。

 国にとって一、二を争う重要事項でも、こんな見地から、選挙で問うには不適当とされることが多い。

 増税がいい例であり、その上を行くのが世界の平和秩序、どうひいき目に見てもホンネを言い出した方の負けだ。

 戦後日本の平和思想は、世界で通用しないのは勿論、国内でも平和論として意味をなさなくなっているにもかかわらず、人命至上主義に転向してその堅固な要害に守られてきている。

 ●平和問題の行きつくところは死生観
 平和秩序の論議は、右のような事情から、人の命にかかわる個所に焦点を移動してかからない限り、空虚なタテマエ論の応酬に終ってしまうだろう。

 どんな価値よりも自分の命が大切だとするのが右にいう人命至上主義の根本義であり、国のため、世界人類のため、あるいは最大多数の最大幸福のためといっても、いづれも自分の命の次に位置づけられる。

 ちなみに現行憲法が、軍というものをあってはならないものとしたことは、この思想に見事に即応していた。交戦権の否認もそうだ。国のために戦うことなど、あってはならないと読めるからだ。憲法九条の第二項は、いま考えると、人命至上主義を謳い上げるために設けられた条項だとさえ映るのである。

 国のためと言い、同じ意味で君のためと言って身を危険に曝(さら)すことをいとわなかった時代がある。今でも世界を見渡せば、国とか世界とか、大いなるもののため、まさかのときには死線を越える覚悟の人がいる。カンボディアで死んだ中田厚仁ボランティアも多分その一人だろう。ノーブレス・オブリージュという言葉にもその響きがある。

 大勢の中にそんな思想の流れている例がアメリカかも知れない。アメリカで自由と言えば、国とアイデンティファイされて命にかけて守るもの、大いなるものであるのだ。

 死生観の上で、極端から極端に揺れたのが日本であり日本人だったが、以前とは違って、世界の平和秩序を組み上げていくという視点から、戦後五〇年われわれの中にすっかり根づいた人命至上の死生観を、これからも続けるのか、ここで見直すのか。やがて世界から問われるときがくるに違いない。文化の奥にある問題としても大変な課題だと思う。

 ●極楽談義の域を出ない日本の平和論
 ついでにこの五〇年の日本の平和についても、成熟した平和観で見直しておくことが望まれる。

 戦後の日本は、日米安保というより、日本を取られまいというアメリカの意思が働いていなかったら、その運命は風前の灯(ともしび)、どこかの段階でチェコスロヴァキアと同じ道を辿っただろうと思われる。

 一皮剥けば目に映るこういう恐ろしい因果の図式をじっと見据えて、日本存亡の上に占めた米国軍事力の重みを噛みしめ、評価しようとするオピニオンリーダーはまだ小数である。

 多数は戦後五〇年の(日本の)平和を、平和憲法の英知によるものだとしてケロリとした顔でいる。おお極楽トンボたちよ。

 困るのはこの二、三年政界で頭角を現わしてきた細川、武村、河野たち、ひょっとしたら羽田あたりまでがこれに和していることだ。

 平和論議が極楽談義であってはならないことに真っ先に気づかなくてはならない人たちなのに、である。

 平和とは、世界が力を合せて戦乱を鎮(しず)めることである。(続)



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