魁け討論 春夏秋冬



外国人不熟練労働力の試験的導入を

1999年10月21日
 元中国公使 伴 正一

ご意見
             3 技術協力時代に考えていたこと

 三十年も前のことだが、外務省の技術協力課長時代の後半、ずっと考え続けていたことがある。

 当時でも政府は、今のJICAの前身、海外技術協力事業団を通じて、毎年2000人前後の研修員を受け入れていた。その主管は外務省、担当課が私の技術協力課だった。

 職種は農業の各部門から電気通信、医療等々広汎多岐に亘っていた。

   問題は資格条件だが、主に大学卒,概してアパー・クラスの技術屋さんたちだった。

 アジア諸国における一般大衆のイメージを、パキスタン在勤時代の実体験で得ていた私は、人的交流の世界から完全に遮断されている彼ら途上国大衆のことが頭を離れなかった。

 小学校を出るか出ないか、そんな低い学歴しかない彼らの中に,松下幸之助に匹敵する素質の持ち主がいないと、どうして言い切れるか。

 インドネシアで繊維産業の技術指導に当たっていた国連派遣の星山専門家によると、海外留学の肩書きだけのことで工場長になっていた大卒ホヤホヤの技師は、星山さんの言うことはよく聴くが,労働者たちがどんなにいい意見を持っていようと耳を傾けなかった。そこで星山さんは、労働者たちの意見を、自分の発案として若い工場長に採用させることがよくあったそうで、「私は吸い上げポンプの役目」と笑っていた。

 いい選考方法さえ見つかるものなら、最初は一国か二国でいい。百人単位の人数を割り当て,堂々と正面から労働者として受け入れてみたらどうか。そんな思いで幾つか条件も考えてみた。

 雇い入れる日本の企業の選考には細心の注意を払うこと

 労働,福祉など法的ルールの遵守もさることながら、日本の職場への習熟や職場外の日常生活への溶け込みなどもよく見つめて工夫を積み重ねること

 試験期間は、単身、契約終了後の帰国を厳守し,違反ケースがあれば国別割り当て数を削減すること

等々である。

 このための特別法制定と、派遣国との政府間協定を前提とし、徐々に派遣国を追加したり、国別人数や職種も増やして行くなら、その間の試行錯誤で実に多種多様の実験が可能であり、起こり得る問題もあらかた予見できるようになって行くであろう。

 限定的にせよ,長期滞在や永住権付与を検討し始めるのは、これだけの実施体験の積み上げと論議を重ねた上でのことにしていいのではないか。

 こういった発想を可能にし、裏付けているものには、「派米短期農業労務者計画」に取り組んだ十年に亘る私の実務体験があるので、次号ではそれを紹介しよう。

                               (つづく)

   次男急逝のためしばらく筆が滞っていました。悪しからずご諒承を。


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