Sakigake Touron
Shoichi Ban   
 


ご意見

 

連載コラム第ニ回 自分ひとりの納得
2001年03月11日

 1 ある青春

 今から半世紀前のきょう6月19日、世界の二大海軍国の間に史上空前、絶後の大海戦が行なわれた。

 部内では、「あ号作戦」といい、公表名では「マリアナ沖海戦」と呼ばれるものである。日本海軍をこぞる第一機動艦隊が編成され、加わる駆逐艦霜月の我ら乗組員も、「こんどこそ」という勝ち戦への思いに胸が高鳴っていた。

 今にして思えば、勝てると思って臨んだ、日本海軍最後の海戦だった。

 国が生き残れるかどうかを賭けたこの大海戦に加われることは、素直に嬉しかった。生への執着が、こんなにきれいにさっぱりと拭い去られた感じになったことは、後にも先にもこのときしかない。

 確かにそれは、思いを国の前途に馳せながら今日の戦いに散る、軍人の"さだめ"のあわれさを思わせる。

 また、戦い敗れてこの方、そんなときのそんな心意気は、一顧だに与えられることがなかった。

 だが、半世紀前のきょうの私、青春の血がたぎりにたぎっていた瞬間の私を、今の私がどう見るかどう感じるかは、私の人生が弟一義的に私のものであるということから当然に、私の自由だと思う。

 2 もう一つの青春

 私は、中田厚仁君の場合を色々と想像する。中でもその志について…。

 中田君が身の危険を顧みず実現しようとしたのは、戦火におびえることのない世界。その壮大なロマンに彼は生き、殉じたのだと思う。

 息子はあれで本望だったでしょう、というお父さんの言葉に度肝を抜かれて、もっと命を大切にという議論はほとんど出ずじまい。こうして中田君は、仏教の言葉を借りるなら、立派に"大我"に生き、しかも、人命至上の現代思潮のさ中で、珍しく肯定的評価を得ることができた。

 でもやっぱり、と私は思う。大切なのは、死後に寄せられた万人の評価よりも、自らの青春に対する、本人の、自分ひとりの納得だったと。(協力隊を育てる会ニュース 1994年6月号寄稿)



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