「ネタジ」はなお生きておる 河辺正三

 「ネタジ」はなお生きておる-われら日本人の心の奥に-元陸軍大将、元ビルマ方面軍司令官 河辺正三
 スバス・チャンドラ・ボースが、当時の日本領土台湾の地に、悲しむべき奇禍によってその数奇な一生を終わってから十五年になる。この間ボースの祖国インドをはじめ、中近東からアフリカにかけての国際的大変動は、地下のボースに果たしていかなる感を懐かしめるであろうか。
 彼の雄図が成って、デリーの赤い城壁に自由インドの旗が翻し得た暁には、その後二十年間独裁をもって、善後の処置を断行するというのが、ボースの意気込みであった。もし、今の目まぐるしいアジア政局の中心インドの地に、末期の一瞬までわが日本を信じ徹したボースが、思うままにその卓絶した政治手腕を振るったならば、これと呼応する日本の立場、否アジア全般の勢威、ひいては世界平和への貢献にいかに力強いものがあるであろう。
 ああこのようなことは、今やはかない一老兵の午睡に過ぎぬ。しかし、我々がインドをみ、インド人を思うとき、何としてもまず映じ来るものが、ネタジ・ボースの巨像であることは、彼を知る者のやむを得ないところであろう。
 しからば何が彼の影像をかくも深く我々の心底に刻み付けたか?
 彼の全人格を流れる至誠である。当時の情勢に天機を看破し同盟側に立って祖国の自由奪還に烽火を上げた彼は、戦局の推移が志と違い、ついには破たんに至ってもなお、盟邦に対する誠実を変えずして終わった。この一事をもってしても、だれか敬仰の念を禁じ得ようか。
 さらには彼の鉄石のごとき信念である。不服従運動を堅持するマハトマ・ガンジーの師恩にさえもあえて背き、武力をもって断固決起した彼の決意はまさに牢固不動、これまた周囲を感動せしめずにはおかなかった。
 そしてこれらの根底を成すものが、彼の祖国愛の熱情であった。不惜身命、一点の私心なきその祖国愛はまことに、燃ゆるごとき概があった。
 時に利あらず。彼の雄図は非運の終局をみたのにもかかわらず、祖国インドに偉大なものを残している。同様に彼の巨大なる影像は、日本人にとって永くインド民族との間の結合の鍵となってとどまることを信ずる。
 かくて我らは繰り返して叫びたい。ネタジは我ら日本人の心に永久に生きると!


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