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競争ルールの半分しか追及してこなかった日本人

1998年12月01日(火)
萬晩報主宰 伴 武澄



 大分、昔の話である。1992年7月13−16日、軽井沢で日本生産性本部トップマネージメント・セミナーが開かれ、その時以来、野村証券の相田雪雄元会長のファンである。

 ●証券市場の正常化はダウがいくらになることではない
 6年前である参加者みんなが、日本が転換期にあることを主張していた。相田氏もまた「大変な発想の転換が求められる」と発言した。しかし「日本」とはいわずに「日本人」といった。当時の取材ノートに線が引いてあるから筆者にとって印象的だったのだろう。

 「戦後日本は、いいモノを安く大量にという命題を追及してきたが、これは競争ルールの半分でしかない。最適な資源配分をしてきたかどうか。実は競争ルールの残りの半分は資本市場にあったはずだ。資本提供者への最低条件として期末の満足できるリターンをしてきたが実は問題なのである」

 「1958年にメリルリンチにトレイニーとして派遣されたときのショックは、株価分析で Buy の他に Sell と Hold の三つの分類があったことだ。日本では最近まで口にできなかった。日本は30年遅れていたということだ」

 「メリルリンチでは、各支店で investment forum を盛んに開催していた、教育的といいますか広報的といいますか。株価とは何か。投資とは何か。企業とは何か。それに自己責任とは何か。投資家に熱心に説明していたのを思い出します」

 日本の証券会社トップが相次いで損失補てんの責任を取って辞任した直後だったから刺激的だった。

 「証券市場の正常化は何をもって正常化とするのか。ダウがいくらになることではない。営業の正常化しかありえない。証券会社は今後整理されることもあるだろうが、ピ−クから10年、あと3、5年はかかる」。この展望は間違った。6年たっても何も変わっていない。

 相田氏は、野村証券に入社以来、一貫として国際畑を歩んだ。だから人望があっても社長にはなれなかった。野村証券の不幸はラインがバリバリの国内営業閥で占められていたことだった。経営トップに求められる資質は、業界のボスとして監督官庁である大蔵省や自民党との太いパイプを持つことだった。欧米での金融界の常識や変化を知っていたところで昇進には何の足しにもならなかった。

 ところがバブル崩壊で風向きが変わった。副社長から子会社の社長に天下っていたとき、証券会社による損失補てん事件が発生して、相田氏は請われて本体の会長に就任した。国内営業のどろどろした部分に手を染めていないトップ人材が求められ、相田氏に白羽の矢が当たっただけで、証券会社の本質は一向に改められなかった。

 退任した田淵節雄会長は、子飼いの酒巻氏を社長に据えて、実権を相田氏に渡すことはしなかった。野村証券には当時、役員の定年制があり、相田氏は1期2年しか会長職をまっとうできないことは最初から分かっていた。

 ●市場再生には投資に対するリターンを回復するしかない
 このセミナーの少し後、日本経済再生のため企画取材で相田会長にアポイントメントを入れた。1982年から大阪支店の支店長をしていたとき、一度インタビューをしたことがあるが、当然ながら相田氏は覚えていなかった。

 インタビューは30分の約束だったが、2時間に及んだ。企業トップとのインタビューで面白いのは、約束の時間になる秘書がメモを入れに来るのだ。これは「もうお時間です」という意味なのだ。そこでコーヒーが出てくるともう30分居座れるという暗黙の合意がある。どこの企業でも同じだった。

 相田会長は、メモをくちゃくちゃにして何回もコーヒーのお代わりをした。ちょっと余談に振れた。このときの議論も、証券業界の旧態依然とした体質がいかに自らの改革の手を縛っているかということと、企業の配当率が悪すぎるということだった。アメリカの普通の企業の配当は1株利益の50ー60%である。内部留保はその後の話である。

 多くの日本企業はバブルの時まで、あまりにも株主への還元を怠ってきた。バブル崩壊後は利益が激減して配当原資がなくなり、アメリカ並みの還元をしているが分母が極端に小さくなっただけで、努力して分子を大きくした結果ではない。

 1998年03月02日付け萬晩報で「株価押し上げにトヨタは大増配すべきだ」というコラムを書いて日本企業に配当重視を促した。いま日本の証券市場を救い、個人株主を市場に取り戻すには投資に対するリターンを回復するしかない。まだまだ多くの日本企業は配当余力を残している。配当に回さず内部留保した資金がバブルですっかり底をついた教訓にいままさに学ぶべきである。

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