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実質的豊かさからまだ高すぎる円の実力

1998年11月07日(土) 
萬晩報主宰 伴 武澄 
 
 
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 ●4分の3に落ち込んだ日本人のGDP 
 アジアの国々の一人当たりのGDPを下の表に示した。下段は世界銀行による統計で、購買力平価ベースで積算されている。購買力平価とは各国の物価を基準に富の大きさを計算したもの。為替ベースの統計が名目の豊かさとすれば、購買力平価ベースは、実質的豊かさとみることができる。 
 
  中  国   韓  国   台  湾   香  港 シンガポール インドネシア   タ  イ マレーシア   日  本
1995 584 10,037 12,214 22,618 28,570 1,039  2,830 4,221 41,075 
1996 670 10,548 12,683 24,429 30,942 1,140 3,018 4,690 36,521
1997  733 9,511 13.070 26,355 31,036 1,055 2,535 4,545 33,248
                             
1997 2,500 13,000  13,510 27,500 22,900 3,500 6,900 9,800 21,300
  上3段は為替レートによるGDP(経済企画庁)。下は購買力平価によるGDP(世界銀行)。 
 
 為替ベースでみた日本の豊かさは1995年の41,075ドルから2年間で33,248ドルにまで落ち込んでいる。われわれの名目的豊かさはいつの間にか、4分の3に落ち込んでいることが分かる。そして、順調に成長を続けてきたシンガポールや香港はいつのまにか日本の水準に近づいているのだ。 

 次に、日本とシンガポール、香港を購買力平価ベースで比べてみると、いつの間にか日本が抜かれていることになっている。日本の国民一人当たりの実質的富がアジアでもはや第3位でしかない現実を直視すべきだろう。もちろんシンガポールや香港は都市国家だから、1億2000万人の平均値と比べるわけにはいかないかもしれない。

 マレーシアがほぼ1万ドルという数字にどう答えていいのか分からない。クアラルンプール在住の知人によると「衣食住のコストは日本とは比べものにならない。 いま不況の最中だが自家用車が必需品であることに変わりはない。首都圏に住むふつうの人々が自家用車を乗り回している社会になっている」。もはや貧しいとは言えない。

 日本では、1ドル=80円台の超円高だったときも、円安だといわれる今日も購買力平価ベースの為替は1ドル=180円程度で計算されている。土地が異常に高いという特殊要因もあるが、基本的に通貨高による輸入物価の低下がいまだ十分に消費者に還元されていないことを示している。 

 輸入物価がどこの国でもただちに消費者物価に反映するとは限らないが、ふつうの国の経済だったら、だんだんと購買力平価に反映されていくはずのものである。通貨高が国民に富をもたらす経済の常識がこの国では一切、機能してこなかったのは、素材から最終製品まで輸入品を排除してきた企業論理と消費者意識が災いしているのだと思う。 
 

  ●円は高すぎ、逆に安すぎるアジア通貨
 1997年の為替レートベースの各国のGDPと、購買力平価ベースのそれとを比較すると、香港や台湾は金額がほとんど変わらないのに対して、日本は3分の1、中国は3.5倍、マレーシアも2倍と逆の傾向を示していることが分かる。 

 日本の1997年時点での為替レートが国内の物価からみてと高すぎ、逆に中国やマレーシアは安すぎるということになる。昨年来、アジアの通貨はさらに下落しているから、中国やマレーシアの為替レートは国内物価水準からみてますます安い水準に落ち込んでいることは明白である。 

 にもかかわらず、中国元の切り下げが取りざたされるのはどうしてなのだろうか。普通、通貨が暴落すると、国内物価は急騰する。インドネシアや今年の夏のロシアのようにハイパーインフレに見舞われるのがふつうだ。だが、マレーシアやフィリピンで狂乱物価が消費者の生活を襲ったという報道はない。
 
 多額の不良債権の問題はあるものの、アジアの国々が日本のような巨額の財政赤字を抱えているわけでもない。通貨下落までのアジア各国の財政はむしろ黒字の国の方が多かった。ここへ来て財政的に困窮しているのは、通貨下落による国内経済破たんで税収が大幅に減少しているからだ。

 昨年の夏以降、アジアの国々の経済破たんが通貨売りを誘引したような報道が相次いだが、実態は逆で通貨下落がアジアの経済的困難を加速させたといってようだ。

 ●ヘッジファンドが思うがままにした為替市場
 為替レートを決定付ける要素は多くある。1980年代前半は貿易収支が用いられた。80年代後半以降は金融取引が急増したため国際収支にとって代わられたが、いまではトレーダーたちの関心事ではない。アメリカの貿易収支が急速に悪化し、逆に日本の黒字が急増しているのに円安が進展したのがその証拠だ。

 金利動向が語られた時もあった。金利が高い国に世界のお金が集まるのは自然の理といえよう。金利動向はいまだに為替市場で重要な要素だ。金利はまさに市場原理が働く部分だが、すべてが市場で決まるわけではない。中央銀行の姿勢が大きく左右する。

 だが、筆者が、かねてより注目しているのが購買力平価だ。その国で売買している商品価格、つまり消費者物価こそが、通貨の価値につながるからだ。長期的に為替は購買力平価に近づくと思っていたし、いまでもそう思っている。

 1990年代に入ってからヘッジファンドが巨額の資金を動かすようになると、もはや為替市場も金利すらも彼らの思うがままとなった。ヘッジファンドの狙い目は市場原理が働きにくい国家だ。90年代前半に日本の円を買い上げ、95年からは売りに転じた。この間、日本経済は不況色を深めるばかりで景気の明確な転換点があったわけではない。

 まさに日本のような国こそが彼らの能力が十二分に発揮できる市場だった。売りには買いを、買いには売りで真正直に対抗しようとするからだ。ただ、ことしの8月までは日本の円は円安基調をたどり、物価ベースでようやく"並みの国"に近づきそうだと思っていたら、思わぬ伏兵が待ちかまえていた。

 ロシア経済の崩壊でヘッジファンドが巨額の損失を被り、ドル売り円買いに転じた。またもや日本は一人当たりGDPの水準を実力以上にかさ上げすることになった。

 
 

  

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