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バッキンガム宮殿が任命するイギリスの首相

1998年08月23日(日)
萬晩報主宰 伴 武澄


 夏休みに、自治やイギリスの政治制度に関して何冊かの本を読んだ。面白かったのはイギリスの首相の選ばれ方だった。意外と知られていないこの制度を紹介したい。日本国憲法では、内閣総理大臣の決め方がきっちり決まっている。国会が内閣総理大臣を指名して、天皇が任命するようになっている。イギリスでは国会ではなく、女王が決めるのが慣習なのだ。

 負けた党首が、野党党首を次期首班に推挙する風景

「サッチャー回顧録」(日本経済新聞社)の冒頭に書かれていた首相就任の風景は興味深い。

 1979年5月4日の総選挙の開票日、保守党勝利の選挙結果が入ると
「午後2時45分ごろ、バッキンガム宮殿から呼び出しの電話が保守党本部にかかってきた」
「女王からの組閣の命を受けるための拝謁だ」
「拝謁の後、私の新しい主席個人秘書官ケン・ストウが私をダウニング街まで連れていくべく待機していた」
「ケンはほんの1時間前、退任するジェームズ・キャラハンをバッキンガム宮殿に連れてきたばかりだった」
「夫と私は首相公用車でバッキンガム宮殿を後にした」
そしてダウニング街10番地の首相官邸に入った。

 また北海道大学の山口次郎教授の「イギリスの政治・日本の政治」(ちくま新書)によれば、ブレア首相の就任は以下のようになる。

 1997年5月1日の総選挙の翌日、保守党の大敗が確定するとメジャー首相はバッキンガム宮殿に女王を訪ね、首相辞任を伝え、後継首相に労働党のブレア党首を推挙。次に女王はブレアを宮殿に呼び、首相に任命した。ブレアは参内の時は労働党の車を使い、帰りは政府公用車でダウニング街に向かった。

 山口教授は「イギリスには成文憲法を持たない国なので、首相の指名について日本のようなはっきりした制度がない」とする。女王が首相を任命するのも"慣習"なのだが、面白いのは負けた方の党首が、野党党首を次期首班に推挙する点だ。

 それからサッチャーもブレアも選挙の勝利が確定したその日、直ちに首相になった。英国の政権交代は「実に速やか」(山口教授)なのである。なるほど英国に長く続く"慣習"では、選挙民による選択肢が直ちに政権交代つながる。

 総選挙ではないから、直ちに比較はできないが、先の参院選で橋本政権が大敗し、橋本竜太郎氏が首相を辞任してから「自民党の総裁選」を経て、ようやく「特別国会での首班指名」するなどというややこしい手続きはない。うらやましく思うのは、第一党が選挙で敗れた時、第一党が潔く第二党に政権を譲るという良き"慣習"がイギリスでは存在し、日本では存在しないということだ。

 1996年秋の総選挙で選挙民が選択したのは橋本竜太郎率いる自民党であって、小渕恵三率いる自民党ではない。党首をすげ替えるのなら、もう一度、国民に信を問うというのが政権の常道であるはずだ。政治の空白をつくってはならないというなら、そもそも自民党総裁選だって必要ない。橋本竜太郎がそのまま政権を継続すればいい。

 また新大臣は一から担当省庁の行政を勉強しなければならないから、内閣総辞職そのものが政治に空白をつくることになる。身内の総裁選は政治の空白にならないで、「総選挙が政治的空白をつくる」などという理由は屁理屈でしかない。

 連立内閣がないイギリス

 もう一つ興味深かったのはイギリスでは連立内閣がないことである。イギリスの「首班指名」の"慣習"について興味を覚えたのは、イギリスの選挙で二大政党のどちらも過半数を取れなかった場合、どうなるのかという疑問があったからだ。

 イギリスでも興味ある課題として論じられているようだが、どうもイギリスの選挙民はこれまで"慣習"の盲点をつくような選択をしてこなかったようなのである。山口教授によれば、過半数に達しないのはジェファリー・アーチャーの「ダウニング街10番地」という小説の中にしかない。イギリスで連立内閣がなかったのは単なる結果でしかないのだが、イギリスの政治システムそのものに二大政党を維持する機能が内包されているようだ。

 まず政党自身に政権奪取を目的とする意志が常にあることだ。反対政党として自己満足してついに自壊した日本の旧社会党のような、時代に遊離した発想を持たないことが選挙民の信頼を勝ち取ってきた点に注目するべきであろう。

 ブレア労働党は1994年、党首就任すぐにイギリス労働党綱領の第4条改正を断行した。産業の公有化を目指した条項である。第4条こそが労働党が労働党たるゆえんだった。日本にとって日本国憲法8条にも似た条項であった。政権奪取のためとはいえ、これまでの歴代の党首が手を付けられなかった条項を破棄した快挙を選挙民はちゃんと評価したのである。

 次にイギリスでも日本のように政党助成金制度があるが、助成の対象が野党だけというのが特徴である。与党に助成金が必要ないと考えたのは、政権に就くだけで自らの政策をアピールできるからだ。政党助成金制度が導入されたのがいつだったか知らないが、そもそも法律は政権政党によって作られる。その政権政党が、一見自らに不利な助成金制度をつくったのだからすごいと言わざるを得ない。

 こんな公平で平等な制度ができたのは、自らが野党に下った場合のことを考えたからだろう。利権を牛耳ることで与党にしがみつく日本の自民党にはできない決断だと思う。

 さらに、イギリスでは野党がシャドー・キャビネットを"組閣"し、常に国会で与党と対峙する。ふつう保守党と労働党以外ではシャドー・キャビネットはない。イギリスではこの二党だけが政権獲得を目指す自覚を持ち、選挙民もそれを理解しているのだ。

 そして一番重要なことは、マスコミが党派色を出して政治に参画することである。ブレア政権誕生では、いつもなら保守党を支持するタイムズ紙が選挙の最終局面で労働党支持に回ったことが大きかった。山口教授によると、以下のようなことが起きるのである。

 「イギリスの新聞は選挙の時には、論説で特定政党への支持を明確にする。・・・(中略)・・・労働党支持の新聞は、世論調査の結果を基にして、保守党候補と野党候補が接戦を演じている選挙区について(保守党候補を倒すため)、A選挙区では保守党の現職に対して自民党候補が迫っており、労働党支持者も自民党に投票すべきだ。B選挙区では労働党候補が保守党候補に迫っているから自民党支持者は労働党に入れようといった具合だ。・・・(中略)・・・戦術的投票を行うべき選挙区の詳細なリストが載っていた」

 結果的に、イギリスでは二大政党による政権交代が可能なシステムを作り上げている。日本でも本当は読売新聞が自民党寄りで、朝日新聞は反自民党的論調をにじみ出している。二大新聞がもっともっと政治色を出せば、選挙は面白くなるし、政治もよくなるはずだ。マスコミが「不偏不党」であることが日本の政治状況を必要以上にややこしくさせているのかもしれない。 

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