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官僚がドイツ留学で漏らした「はじめての学問」

1998年05月11日(月)
萬晩報主宰 伴 武澄

 4月13日、14日付けの「「ドメ」が誇りだった日本のエリート官僚たち」と「 ボーダーレス時代の日本人の"保身術"」を切実な哀愁を感じつつ読んだというチューリッヒ在住のSさんからメールをもらった。気の利いたコメントというよりは、現在の官僚論を理解する上で興味ある素材を提供してくれた。以下その概略を紹介する。

 今から10数年前、当時西ドイツのある大学に通っていた。ちょうど日本から派遣留学という形で経済法を研修しに来ていたある中央官庁の典型的なキャリアと同窓の仲になった。

 その彼がある日打ち明けた。

 「Sさん、私はこちらへ来てみてはじめて学問をする、という経験を味わっているのですよ。東大の法学部にいたころは、私は自分ではずいぶん勉強しているつもりだったのですが、あれは単なる受験勉強の延長に過ぎなかったのですね。」

 「法令や判例をひたすら丸暗記するというやりかたしか知らなかったのです。そこへゆくと、こちらでは法律の対象となる現実社会の事柄と、それに相応すべき法理のありかたについて、理詰めで議論しているでしょう。こういう真摯な議論ができて、ちょっとした昂揚感の幸せに浸ってます」

 霞ヶ関のキャリア官僚は入省して5年以内には、海外の大学に2年程度、"遊学"する機会が与えられる。あるいは大使館勤務になる。彼らはそれまでに霞ヶ関でしか通用しない「官僚語」を徹底的にたたき込まれる。官僚語に精通した真面目な官僚は、海外遊学で大きな壁にぶつかる。論理的に骨太で明晰な訓練を受けているヨーロッパの官僚達の世界に馴染んでしまうと、日本の土壌からは離反せざるをえないのだ。

 ●欧州で誕生した最小自治体優先説という概念
 Sさんによると、EU統合にともなう過程で、日本ではまだあまり理解されていない「subsidiary principle」という考え方が、欧州の官僚達の世界では共通の了解基盤になっている。

 日本では「最小自治体優先説」というふうに訳されている。要するに案件に応じてその立法、行政の審級を市町村にするか、州にするか、国あるいは連邦にするか、さらには国境にまたがる一定の地域連合とするか、あるいはEU連合の立法とするか、さらに国連レベルの条約化をめざすべきかということについて検討するという政策手法だ。

 こうした考え方は何よりも「国益」を優先しなければならないという日本の官庁の考え方とは異質だ。アメリカも「national interest=国益」優先だが、そもそも国内に50の州がそれぞれ独自性を保っている。いま世界の求心力は国家という単位よりも、もう少し小さい州とか自治体に向かっているのは間違いない。

 今ヨーロッパで「国益」という言葉を声高に主張できるのは極右団体に限られている。「国民」という言葉でさえあまり好まれないらしい。

 「ある小さな独仏のレセプションでドイツの元外相、ゲンシャー氏が『ドイッチェ・ビュルガー(ドイツ市民)』と言ったのを通訳がフランス語で『ナシオン・ド・アルマーニュ(ドイツの国民)』と訳し、ゲンシャー氏自らが『君、ナシオンじゃないよ、シトワイアン(市民)だよ、シトワイアン』と訂正していたのが印象的だった」という。

 日本が過去のほころびをつくろっている間にヨーロッパの政治・経済もまた大きく旋回している。官僚が海外遊学を単なる箔付けと考えているなら、こんな制度は税金の無駄でしかない。

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