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根強い韓国の街頭民主主義と村上春樹

2008年06月14日(土)
韓国ウオッチャー 引地達也


 韓国の首都ソウルでは連日、李明博政権を糾弾する大規模な
デモが行われている。6月10日にはソウル中心部に約10万
人(警察発表)を集め、近年では最大規模となった。狂牛病の
恐れのある米国産牛肉の輸入に関する政府対応が発端で、「食
の安全」と「政治の責任」への韓国市民の過敏さとともにデモ
で政治を変えられる、という韓国国民の街頭民主主義への思い
がいまだに健在であることを見せつけた。李大統領は発足から
わずか約3ヶ月でつまずいた形で、李大統領にとって街頭行動
の根強さは想定外だったに違いない。

 過ぎた話ではあるが、昨年12月、わたしは大統領選挙で圧
勝した李大統領について、「李明博という幻想の勝利」との言
葉が思い浮かび、複数の知人にその思いを語った。当初、李大
統領の経済手腕への期待は大きかった。それは幻想ゆえに、大
きかったのである。大手財閥である現代グル−プの現代建設で
立身出世し、ソウル市長として目に見える公共事業を成功させ
た、という物語に支持者、メディア、そして多くの市民が勝手
に「だから経済をよく出来る」という続編を夢描いていただけ
にすぎなかった、と言える。

 3月13日付けの当コラム「権力と実験握った韓国大統領」で
は、検察を味方につけて外交部門の人事と対米姿勢の変化など
を早々と強調する姿勢から順調な船出を指摘した。それは幻想
を現実に変える準備作業であり、酷評の中で退任した前の盧大
統領との違いを発揮したことで人心は簡単につかめるものだと
早計したのだろうか。現代建設時代からの異名「ブルド−ザ−
」そのままに狂牛病対策も輸入再開で押し切れると思ったのだ
ろう。「対米関係のさらなる緊密化」という日本と共通する目
下の恒久的な課題の克服に向けて「再開」という関門を平然と
通り過ぎてしまったのである。それで、人心に火がついた。

 盧政権の誕生は在韓米軍の車両が女子中学生を轢死させたこ
とを発端とする反米機運、そして大規模な反米デモの潮流にの
った結果だった。政権発足後は弾劾反対のろうそく集会や小泉
純一郎首相の靖国参拝への抗議、竹島(韓国名・独島)の領有
権問題、自由貿易協定反対などその度にデモは繰り返されたが
、それらデモはだんだんと平穏化し、主張を言葉で訴えるとい
う手法に変わったかに見えた。その変化を見ながら、わたしは
小説家、村上春樹が韓国の若者の間で広く読まれていることに
関連づけ、韓国人が社会とコミットメントしない小説の登場人
物の生き方に似てきているのではないかと考えてきた。これは
ある一面では正解であり、それは着実に進んでいるはずである
。その一方で多くの人がいまだに政治そして社会に関心を持ち
主張することが重要と考え、街頭に繰り出す。振り返れば、韓
国はデモで歴史を少しずつ変えてきた。権力者の横暴をデモと
いう手段で民衆側に力を少しずつ奪還してきたのである。

 近世では、日本の植民地支配時代の1919年3月1日の「
サムイル独立運動」は朝鮮半島各地で万歳行動というデモに発
展し、その結果、日本は軍人による武断統治から文民統治への
変更を余儀なくされたのである。解放後も60年代に4・19
革命、日韓協定反対デモ、80年代は韓国軍がデモ隊に発砲す
るなどし、多数の犠牲者を出した5・18光州民主化抗争、8
7年6月の民主化抗争など。それぞれのデモは民主化の進展と
いう韓国近代史に着実な一歩を刻み、その実感が世代を超え若
者に受け継がれているのだろう。一方で想像していた変化を達
成することが出来ず失望感に打ちひしがれた人は村上春樹の「
ノルウェイの森」(韓国語版は『喪失の時代』)に共感すること
になる。ただ、先程の指摘通り、いまだに大多数は失望よりも
「変化は可能」だと考えていると言える。

 これら街頭民主主義が根強いのも、若者から高齢者まで政治
への関心が高いことが前提にある。その論の正否がどうであれ
、情報の角度の高低がどうであれ、たとえそれが友人から洗脳
されたイデオロギ−であっても、彼ら彼女らは主張する。「い
けないものは、いけない」と。主張を持った若者はその行く先
をさがす。だから友達同士が誘いあってカラオケ店でヒップホ
ップの詩をシャウトするよりも街頭で「李大統領退陣」を叫ぶ
ことを選択するのだ。今回の「食の安全」に関する問題ならな
おさら広範な市民が身近な問題としてとらえ、政治に変化の必
要性を突きつけるのである。こうして、韓国のデモの歴史はま
た新たな1ペ−ジを刻んでいく。

 引地さんにメール hikichitatsuya@yahoo.co.jp

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