東アジアでの日本の役割
さて、それではポスト京都の枠組み構築を前にして、日本は何をなすべきか。政府はアメリカ、中国、インドが参加する「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ(APP)」http://asiapacificpartnership.jp/の産業別にCO2を排出削減を目指す「セクター別アプローチ」により中国・インドを技術支援。それを梃子にして提案する産業分野別削減方式でポスト京都の主導権を握ろうとしているようです。また現在洞爺湖サミットを直前に控え、政府は長期、中期のCO2削減目標を設定するために調整も図っているようです。もちろん数値を示すことは重要ですが、環境立国を言うのなら、アメリカやEUの様子をうかがいながら、数字を並べるのではなく、国家としてのビジョンを描くべきでしょう。エネルギー、食糧等の安全保障も含めて、地球環境というフィルターを通して、国のあるべき姿を再検討すべきです。
そこで大きくクローズアップしてくるのが、東アジアでの日本の役割です。東アジア地域で日本は唯一の先進国(韓国もOECD加盟国ですが)であり、省エネ技術や環境問題の取り組みでも各国にくらべて格段に先行しています。日本がイニシアティブとって東アジア地域で海洋汚染や大気汚染を防止する国境を超えた広域ネットワークを構築することが期待されているのです。
東アジアは経済力や文化、宗教などが異なるさまざま国々が集まる地域で、EUなど世界のほかの地域に比べ国境を超えた環境保全への取り組みが遅れています。特に北東アジア諸国が取り囲む日本海(東海)はいまだに世界で唯一冷戦の対立構造が溶けない海域です。日本自身、対岸の北朝鮮との国交正常化、ロシアとの領土確定、韓国との竹島(独島)の領有権、さらに隣接する東シナ海では中国とのガス油田開発をめぐる問題などを抱え、簡単に環境保全ネットワークを築けるような状況ではありません。
しかし内海である日本海は一度汚染されると取り返しがつきません。ロシアの核廃棄物の海洋投棄や最近では吉林省の化学工場爆発によるアムール川の汚染が起きている一方、北朝鮮、中国、ロシアの国境を流れる豆満江では戦前日本が建設したパルプ工場などにより汚染が深刻化しているといわれています。
80年代後半から90年代にかけて、動きが取れない各国政府を尻目に日本海沿岸の民間団体や自治体が対岸諸国に呼びかけて国際会議を開き、経済交流や環境問題などについて活発な話し合いがもたれました。
新潟県の日本海圏経済研究所・藤間丈夫氏(故人)もその立役者の一人でした。藤間氏は経済交流を提唱するとともに、民族や文化が異なるアラブ、ヨーロッパ、アフリカ諸国が取り囲む地中海の環境保全機構(バルセロナ条約)を将来の日本海環境保全機構のモデルとして「日本海運動」に取り組んでいました。今後も、日本海をめぐる広域ネットワークの構築にはこうしたNGOや自治体の役割が欠かせないと思います。
中国の大気汚染測定網
昨年5月、日本の広い範囲で発生した光化学スモッグは国立環境研究所と九州大学応用力学研究所が再現した光化学オキシデント汚染の数値シミュレーションにより、国内要因プラス中国等からの越境してきた大気汚染の影響であることがわかりました。ヨーロッパでは70年代の後半に、各国共同の越境大気汚染物質のモニタリングプログラムが開始され、「長距離越境大気汚染条約」が結ばれています。東アジアでは1998年に日本のイニシアティブで「東アジア酸性雨モニタリングネットワーク」がつくられ、13カ国が参加しています。また2006年12月には日本の無償資金協力スキームによる「酸性雨および黄砂モニタリングネットワーク整備計画」が日中間で基本合意されました。しかし、つい最近ようやく中国側の黄砂データが公開されるなど、まだプログラムが動き出すには時間がかかりそうです。
そうした中で独自のルートで中国の地方政府に測定機器を無償提供し、保守管理技術を供与しているのがグリーンブルーの谷學社長です。グリーンブルーhttp://greenblue.co.jpは自治体を中心にした大気・水質などの測定・分析業務を手掛けていますが、88年に開発前の中国海南省へ大気汚染を測定することを提案し、中古測定器でNOX、SOXを測定しました。そのことが中国各省で評判となり、その後、黒竜江省、広東省、北京、南京など9省、1直轄市、21市に、日本の自治体や企業から譲渡された100台ちかい測定器機を無償で提供しています。特に黒竜江省とは研修生を受け入れたり、大慶市で技術職員を対象とした研修会を開くなど20年近い協力関係を築いています。中国では日本で公害問題から都道府県に設置が義務づけられた大気汚染常時監視システムがまだ整備されておらず、機器の保守管理・測定技術も未熟です。
谷社長に代表されるような民間の協力が必要であり、日本の環境モニタリングビジネスが現地で活躍する場面も広がると思います。
国際資源循環ネットワークの構築
もう一つ、今後重要になるのは東アジアでの国境を超えた資源循環ネットワークの形成です。司馬遼太郎は先のフィラデルフィアで「都市の使いすて」に衝撃を受けたあとに、「(アメリカには鉄屑屋がいないのか)と、けちな料簡でおもった。むろんそんな稼業は採算がとれないのにちがいない。」と呟いています。
しかし、いまや資源価格が高騰する中で、鉄屑をふくめ金属屑は貴重なリサイクル資源として活用され、都市鉱山と呼ばれているほどです。廃棄物であった、金属の屑や廃プラスチック、古紙などの資源は、いまやすべての製品のライフサイクル(原料→製造→使用→廃棄→リサイクル)に組み込まれつつあります。
そうした中で日本発のこれら廃棄物や使用済み家電製品・パソコンなどが中国を中心とする東アジア地域に輸出され、その量も増加の一途をたどっています。容器包装リサイクル法や家電リサイクル法の想定外の勢いで産業の資源循環が国境を超えて広がりだしたのです。たとえば使用済みプラスチックの輸出量は年率20〜30%も増加。日本では焼却される品目でも、中国ではリサイクルされてバージン材同様に活用されているケースもあります。
東アジア地域にひろがるこうした資源循環網の流れは資源の有効活用という面からも今後ますます盛んになるでしょうが、一方リサイクル資源の適正な処理が行われなければ環境汚染の原因となりますhttp://www.ban.org/photogallery/index.html。リサイクル資源はたとえばプラスチック類では農薬が付着したビニール類など、バーゼル条約違反や違反すれすれで日本から中国などに流入しているいるケースも多いといわれます。そのため中国をはじめとした東アジア諸国ではリサイクル資源の輸出入に対して、規制を強化しています。
しかし、資源循環型社会を実現するためには適正な国際資源循環が必要です。そこで一昨年12月、NTTデータ経営研究所の呼びかけで組織された民間団体「資源循環ネットワーク・コンソーシアム」(6社)が、北九州市と中国天津市の全面的な支援のもとに、安全なリサイクル資源を循環させるための実証事業を行いました。この資源循環の仕組みは使用済みプラスチックにICタグを添付し、資源の素材や由来、流通経路などの情報を管理し、端末で安全性を確認できるというものです。
最近は自社から排出された資源の処理に敏感な企業が多く、排出業者が中国まで足を運び処理状況を監査するケースも多いといいます。今後同団体は排出業者に対し、使用済みプラスチックが適正処理されていることを認証するサービス会社を設立する計画です。NTTデータ経営研究所の林孝昌氏は「国際資源循環を担うのは民間事業者。民間が制度としてではなく、収益性のある認証サービス事業として運営していくことが重要」と意欲的です。
この実証事業を支援した北九州市は「総合静脈物流拠点港」に指定され、リサイクルポートの背後のエコタウンにはOA機器、自動車、家電、ペットボトルなどリサイクル施設が立地しています。そのうえ同市はアジア諸国の環境関連部局とのチャネルも備えています。この北九州市とともにいま、注目されている総合静脈拠点港は酒田港です。酒田港周辺にはエコタウンでもないのに、自動車、古紙、廃プラ、鉄屑などのリサイクル企業が集積しています。酒田港では90年代に新田嘉一氏(有機畜産の豚肉を生協などに供給している平田牧場の設立者)を中心とする民間団体が対岸諸国との経済交流を図るために、日本海を経てアムール川を遡り、黒竜江省ハルビンに至る国際航路東方海上シルクロードを開発。当時、新田氏から、日本から中国へ輸出する貨物が少なく、中古機器、古紙などを運んでいるときいたことがあります。あるいはこうした経由で、酒田港にリサイクル事業所が集積することになったのかもしれません。
日本にはリサイクル法がほぼ整備され、しかも高いリサイクル技術力があります。総合静脈物流拠点はこうした強みを活かし、今後東アジアや世界の静脈・リサイクル資源の産業集積地、交易の中心地となる可能性が高いと思います。このように日本がアジア地域で地球環境問題に貢献できる課題はたくさんあると思います。しかも、民間や自治体「から」、あるいは、だから「こそ」できることがたくさんあるでしょう。
人間は太陽系という、地球という大きな自然循環の中で活かされています。人間の暮らしも文化も経済もこの大きな流れに沿って営まれています。しかし、トルーキンの「指輪物語」ではありませんが、何億年間も地中深く眠っていた化石燃料を掘り当て、短時間に解き放つことで、循環を狂わしてしまいました。
平岩さんにメール hk-hiraiwa@tcn-catv.ne.jp
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