横浜ベイスターズが、大洋ホエールズと名乗っていた時代の話です。ホエールズの内野手に、ジョン・シピンという変わった名前の外国人(米国人)内野手が在籍していました。ホエールズの中軸を打つ、ライナー性の強い当たりを放つ中距離打者でした。
TVで見ていただけで、ホエールズのファンでもなかったのですが、今でも強く印象に残っている選手です。その理由ははっきりしています。シピンの強打ばかりではなく、その強烈に個性的な風貌が記憶の奥底に焼き付いてしまったからです。
当時も「助っ人」と呼ばれた外国人選手は珍しくありませんでしたが、シピンの風貌は極めて個性的でした。長身で足の長い細身の選手でしたが、シピンの特徴はその顔、正確に言うと顔中を覆うひげにありました。もみあげがそのまま口の両側で口ひげとつながっていました。そんな風貌から、シピンは「ライオン丸」とあだ名されていました。
□ひげをそりとしたシピンから威圧感が消えた
ライオン丸こと、ホエールズの強打者、シピンがある年、読売巨人軍に移籍しました。巨人軍のユニホームを身につけて、試合に臨んだシピンの姿を見たときの驚きを、いまでもはっきりと覚えています。巨人軍のユニホーム姿のシピンは、顔中を覆っていた黒々としたひげをすっかりそり落としていました。その顔つきはライオン丸とは似てもにつかぬ優男風でした。
巨人軍でのシピンは、移籍1、2年目こそそれなりに活躍しましたが、けがをした3年目にはあっさりと解雇され、帰国しました。顔中のひげをそり落としたシピンには、ホエールズ時代の、相手投手を威圧する存在感がなくなっていました。
□小笠原「お前もそうなのか」
シピンの話を長々と書いてきましたが、このへんで本題に入ります。日本ハム・ファイターズからFAで読売巨人軍に移籍した小笠原道大の、入団会見の写真を見て、少し驚き、ちょっとだけ落胆しました。その写真を見て、こう思いました。
「小笠原、お前もそうなのか。トレードマークのひげをそり落としてまで、巨人軍に入団したかったのか。そんな謙虚≠ネ態度で、あの巨人軍に入団して、本当に大丈夫なのか」
巨人軍には、シピンの時代も今も、ひげは御法度という時代遅れの「不文律」があります。小笠原も、そんな不文律に従って、自宅でひげをそり落として入団会見に臨んだということです。
ファイターズ時代の小笠原は、2番を打っていたころから気にかけていた、筆者にとっては極めて魅力的な選手でした。パ・リーグで首位打者、本塁打王、打点王、そのすべてを獲得し、ファイターズが日本一になった今シーズンは、本塁打王、打点王に加えて、リーグMVPに輝きました。小笠原は、パ・リーグを代表する、いや日本プロ野球を代表する強打者と言っていい選手です。
□仁王様のような風貌
小笠原が魅力的な選手であるのは、成績はもちろんですが、バットを高く掲げ、しかもホームベース側に大きく傾ける、一見して理屈に合わない、誰も真似のできない独特の打撃フォームにあります。それに加えて、空振りすると、小笠原は左打者ですから、体勢が一塁側に大きく崩れてしまうほどのフルスイングにあります。
バットが投球のしんにあたらない限りは、体勢が大きく崩れてしまう。しかし、バットのしんにあたれば、強烈なパワーを生み出す打撃です。
バットを強振する打者は数多くいますが、あれほど強振しても、複数回首位打者を獲得できるような確実性をもつ選手は他にいません。しかも、小笠原の打撃は強振だけではありません。センターやレフト側に弾き返す柔らかい打撃も身につけています。天性の打撃センスと高度な技術がなければできない「技」だと言えるでしょう。
もうひとつの魅力は、あのひげづらです。小笠原は、あのひげづらによって、仁王様のような風貌を手に入れました。実績に加えて、独特の打撃フォームとフルスイング、さらに仁王様のような風貌は、相手投手や相手チームに強烈な威圧感を与えていました。
ひげをそり落とした入団会見時写真を見ると、小笠原もまた優男風でした。小笠原がひげを生やした理由も、こんな顔では相手に威圧感を与えることはできないと考えたからではないでしょうか。
□「紳士」に変身した野人、J・デーモン
MLBでも、今シーズン、ボストン・レッドソックスからニューヨーク・ヤンキースに移籍した、ジョニー・デーモンが、ヤンキースの不文律に従って、顔中を覆っていたひげをそり落としました。レッドソックス時代に、野人、あるいは原始人と、尊敬と親しみを込めて呼ばれたデーモンは、ニューヨークでは「紳士」に変身しました。
さすがに、デーモンです。レギュラーシーズンでは実力通りの成績を残しました。しかし、プレーオフでは、期待を裏切り、地区シリーズ敗退の要因になってしまいました。短期決戦のプレーオフでは、ひげをそり落としたことによる、威圧感の低下が影響したのではないでしょうか。
□小笠原にはやっぱりひげが似合う
小笠原のひげづらは、彼のにとってなくてはならない「トレードマーク」になっていました。
小笠原ほどの強打者ならば、巨人軍の時代遅れの不文律など無視してほしかった。いまからでも遅くはありません。巨人軍への入団会見はセレモニーにすぎません。巨人軍での「本番」は、3月末の開幕試合です。トレードマークのひげをすっかりそり落とした小笠原なんか、球場で見たくはありません。小笠原にはやっぱり、ひげが似合う。読者の皆さんもそう思いませんか。(2006年12月9日記)
成田さんにメールは mailto:narinari_yoshi@yahoo.co.jp スポーツコラム・オフサイド http://blogs.yahoo.co.jp/columnoffside
|