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混迷するイスラエル・パレスチナ情勢


2006年04月10日(月)
Nakano Associates 中野有
 発表された理由

 4月7日に米国は、ハマス(パレスチナ自治政府)への援助を凍結すると発表。理由は、テロ組織であるハマスから、援助のための3つの条件(イスラエルの承認、暴力の放棄、過去の平和合意を遵守)を満たす回答が得られなかったことによる。EUも同様にハマスへの経済制裁を発表しており、ハマスはこの結果を深刻に捉えるべきであるとライス長官は述べている。
 
 米国は予定されていた410Million USDのインフラプロジェクトを一時的に凍結し、105Million USDの人道支援プロジェクト(食糧、衛生、教育、市民社会活動)を、国連機関やNGOを通じた暫定的な援助として継続する。EUは1993年のオスロ合意以来、パレスチナへの最大の援助国であり、EUの昨年のパレスチナへの援助は600Million USD。EUも人道的援助は継続する。イスラエルも50million USDの援助を凍結する。EU,米国、イスラエルが同時にハマスへの経済制裁を決定した。

 経済制裁の影響

パレスチナ政府の支出の半分は、欧米、日本、サウジアラビア、イスラエル等の援助に依存している。少なくとも毎月150Million USDの援助が必要とされ、職員への給与の支払いに影響が出ている。

 ハマスをバイパスし前政権のファタ党のアバス議長のラインへの援助も考えられたが、援助凍結が発表されたことにより、ハマスのライバルであるアバス議長は、民主主義の選択を行ったパレスチナ人を罰するべきでないとの考えを示している。

 経済制裁によるハマス離れの兆候は現れておらず、むしろパレスチナに反米色が増すとの見方も出ている。ハマスが勝利した理由は、イスラエルへの強硬姿勢のみならず前政権の汚職等やイラン等のイスラム過激派の資金が回ったものであり、ハマスへの経済制裁は、イランやロシアの影響力を増すと予測される。ハマスは欧米イスラエルから孤立するも、政治的な妥協を拒絶することにより、反米勢力の資金の流入により内部の求心力が増す可能性もある。

 イスラエルは欧米の経済制裁に波長を合わせるように4月7日に2回にわたりガザ地区への空爆を決行した。

 イスラエルの政治勢力

 今回の選挙でカディマ党(28議席)が労働党(20議席)、年金党(7議席)、メレツ党(4議席)、アラブ・イスラエル党など(10議席)と連立し120議席の過半数を確保した。右派のリクード党が38議席から11議席に勢力を縮小させた。

 イスラエルの国民の主流は、入植地からの一方的な撤退を支持する一方、イスラエルの右派は、パレスチナの右派政権の台頭によりイスラエルの譲歩に対するパレスチナの何の見返りも保証されないことから強硬姿勢が復活する動きも出ている。

 本質的・現実的理由

 以上述べたように発表された理由や道義的理由で、表層的な動向は読み取れるが本質的・現実的な理由を考慮すると事態は複雑化する。

 イスラエルとパレスチナの動向は、アラブ全体の縮図である。米国の保守派、軍需産業複合体は、パレスチナの不安定要因はイランに起因していると考えている。ハマスへの経済制裁が機能しない可能性はイランの資金流入である。その関連からか、イランへの軍事制裁の可能性が本日(4月9日)のワシントンポストの一面で報道されている。1981年のイスラエル空軍によるバグダッド近郊のオシラク核疑惑施設への空爆を例にあげ、イランの核施設への空爆による先制攻撃の可能性を示唆している。このタイミングでイランへの空爆が報道される背景には、イランのパレスチナへの資金の流れを牽制する意味も含まれていると考えられる。

 米国のユダヤ人の多数は、中道で経済的にリベラルなカディマ党に近いと考えられる。しかし、米国のユダヤ系の右派は、イスラエルの右派と協調し、ブッシュ政権にハマスの経済制裁とイランへの軍事制裁を強行に勧める圧力をかけている。イランによるイラクへの干渉、イラン・イラクのシーア派政権を弱体化させる目的で、イランの核施設への空爆は、イランによるイラクへの干渉の報復として軍事作戦上マイナスに作用しないと考えられる。イランへの空爆を決行した場合、イラクの米軍がどのような報復を受けるかまで分析されている。

 イランやパレスチナの背後にあるロシアの戦略は、エネルギー安全保障の名目で石油・天然ガスの価格の上昇とOPECに並ぶ資源カルテルの設立である。ロシアは、ハマスの支援に答えてハマスとの関係を強化しても、それを無視しハマスが完全に孤立しジハドの過激派が強行姿勢に出て、中東が混沌としても、石油価格の上昇という観点で、ロシアの外交・安保のWIN−WINを確保できる。米軍がイランへ空爆することで、石油価格の上昇と資源カルテルを設立する意味でロシアが恩恵を受ける構図となる。

 欧米の矛盾はそこにある。最善のシナリオは、米国内部の保守派と軍需産業複合体、イスラエルの右派の台頭を牽制するためにハマスへの人道的な援助を具体的に進め、ハマスがイスラエルの3つの条件に対し政治的妥協を認めるための戦略にでることが重要と考えられる。

 日本のポジションとしては、天安門事件の時、欧米が北京に経済制裁を実施するも日本は独自で北京を支援したように、パレスチナの人道援助の中に水道等の経済社会インフラプロジェクトも導入し、援助をマルチとバイの両方で行うことを戦略思考として考慮すべきであろう。

 大量破壊兵器の脅威のみならずその事の重大さを考慮した場合、先制攻撃の具体的な定義も大切であるが、予防外交がさらに重要である。日本の国際貢献の役割は、時として欧米が見失いがちな分野への援助を行うことにあろう。表層的な外交・安保の情況に流されず確固たる開発戦略や予防外交が必要となろう。

 本日のワシントンポストでキッシンジャー元国務長官は、パワーの象徴は、領土争いでなく技術力だと述べている。これはイスラエル・パレスチナの新思考の意味を含んでいるように思われる。

 中野さんにメール nakanoassociate@yahoo.co.jp

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