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『このはずくの旅路』

2006年01月20日(金)
フリージャーナリスト 宮本惇夫
 作家・大森光章さんが、昨年8月「このはずくの旅路」(作品社刊)という本を刊行されました。とても素晴らしい本と感じたので紹介します。

 大森さんは大正11年の生まれ、北海道倶知安の出身です。84歳になります。過去3回芥川賞にノミネートされた実力派作家です。この作品に取り掛かったのが平成12年といいますから、約5年の時間をかけて完成させた作品です。

 大森さんは倶知安の禅寺に生まれた方で、僧侶の資格をもった方ですが、坊さんにはならず、文学の道を志します。

 「このはずくの旅路」は自伝小説で、明治時代に本土(福島県の出身)から北海道に渡り、倶知安の開拓地に寺を建て曹洞宗の布教に生涯をかけた祖父の物語でもあります。

 母親の27回忌に故郷を訪れたとき、実家孝運寺の墓前の前に立ったとき、墓標に祖父の名前がない。開山であった祖父の名前がなぜないのか。その疑問を感じたことから大森氏の取材が始まります。

 祖父が生まれた福島県、6歳のときに寺に預けられそこから祖父の修行が始まるわけですが、関連したお寺を訪ね祖父の足跡をたどります。祖父の過去が少しづつわかってくるところは推理小説を読むようにとてもスリリングです。

 祖父は今出孝運といいますが、父親は大森大栄という名前です。なぜ名前が違うのか。それも取材に従ってわかってきます。

 祖父は天保15年の生まれで、ある旅籠屋の当主の庶子だったことからお寺に預けられることになるわけですが、当時、出家をすると一生独身で過すことになるわけですが、45歳のときに開拓僧として北海道にわたり、そこである女性と肉体関係をもち、子供をつくる羽目になるわけです。

 しかし出家者としての矜持があり妻を籍に入れない。長男を生まれたときはある檀家へ養子に出すという形をとっている。長男であるにもかかわらず大森姓になったのはそんな理由からだったわけです。

 江戸から明治という時代の大変革、大きく揺れ動く価値観。そのなかで開拓地北海道に仏教を根付かせようと頑張った僧が、時代に翻弄されていく姿が生き生きと描かれた小説でもあります。小説と銘打っていますが、ほとんど事実に近い伝記小説でもあります。

 お寺生まれの作家が書いた小説だけに、専門的な仏教用語もさほどわずらわしさを感じさせない読みやすい小説になっている。シニア族のあいだで自伝小説がブームになっているとのことですが、その参考にもなる小説です。一読をお勧めしたい。

 また大森さんには北海道アイヌの抵抗戦争を描いた「シャクシャイン戦記」(新人物往来社刊)などの小説もあります。 

 宮本さんにメール mailto:fwkc0334@mb.infoweb.ne.jp

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