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アスリートは競技団体の「下僕」ではない

2005年06月23日(木)
萬晩報通信員 成田 好三
 8月に行われるヘルシンキ世界陸上の選手選考で、日本陸連がまたも醜態をさらした。高橋尚子が落選したアテネ五輪・女子マラソンの選手選考では、曖昧な選考基準が批判されたが、今回は自ら設定した選考基準を無視して派遣選手を、いったんは決定した。落選した選手側からの抗議を拒否する態度を取っていたものの、新聞などメディアから選考基準と選考結果の矛盾点を指摘されると、当初の決定を取り消し、新たな選考基準を設けて選考をやり直すという、ドタバタ劇を演じている。

 陸連のドタバタ劇のきっかけとなった、当初の選考を簡単に説明するとこうなる。陸連が昨年10月に公表した選考基準では、世界陸上の参加標準記録A(A標準)を突破し日本選手権に入賞した選手を、B標準突破で日本選手権優勝の選手より優先して選考するとしていた。しかも「同一種目ではこの優先順位は覆らない」とまで明記している。

 しかし、男子10000メートルでは、A標準突破し日本選手権2位の大森輝和選手(くろしお通信)を選ばず、B標準突破で日本選手権優勝の三津谷祐(トヨタ自動車九州)を選考した。陸連は当初の選考に関して、「日本選手権を重視した」と説明しているが、選考基準にはそうした文言は一切書かれていない。

 実際の選考が、選考基準に従って行われないならば、世界陸上を目指す選手(監督、コーチ)は何を目標に設定していいか分からなくなる。陸連の当初の選考は、理不尽この上ない話である。しかし何故、陸連はこうした理不尽な選考を行ったのか。その背景には、陸連だけでなく日本の競技団体がもつ、時代遅れで間違った「共通認識」がある。

 競技団体やそこに属する幹部は、アスリート(競技者)に対して絶対的な権力をもち、アスリートは彼らの恣意的な決定に対しても絶対的に従わなければならない「下僕」であるという考え方である。つまり、競技団体や幹部は指導者、教育者であり、まだしっかりとした考え方が身に付いていない、未熟者であるアスリートを正しい道に導くべき存在である、というものである。戦前の軍国主義教育の時代から続くこの考え方はいまも、スポーツ界に根強く残っている。

 しかし、現実のスポーツは彼らの時代錯誤の考え方とはまったく逆のものになった。スポーツの「主役」は競技するアスリートである。そして、アスリートのパフォーマンスを楽しむファンである。競技団体やその幹部は、アスリートを支え、アスリートとファンの仲立ちをする「サポーター」である。

 この関係性は、ドイツW出場を決めたサッカー日本代表に端的に表れている。日本代表が強くなれば、多くのファンを引き付ける。そうなると多くの資金を提供するスポンサーが出現する。競技団体である日本サッカー協会にはより潤沢な資金が集まる。その資金を日本代表の強化につぎ込めば、日本代表はさらに強くなって、もっと多くのファンを呼び寄せ、さらに多くの資金をスポンサーから集めることができる。

 こうして「拡大再生産」された資金は、Jリーグなど国内サッカーの強化と、次の若い世代への普及にも使われる。日本代表によって獲得されたファンは、Jリーグのファン層を広げていく。現代スポーツは、こうした循環関係の成立によって維持、発展していくものである。

 極論すると、競技団体やその幹部こそ、彼らの考え方とは逆に、アスリートとファンの「下僕」なのである。

 陸連は、アスリートとファン、そして両者を仲立ちする競技団体という関係性をまったく理解していない。昔ながらの「上意下達」の精神が支配する世界である。逆に言えば、そうでなければ自ら設けたルールを自ら破って恥ないということなどあり得ない。

 今年の日本選手権は6月2日から4日間、東京・国立競技場で行われた。スタンドは空席が目立つどころではない。ほとんど観客が入っていない。アテネ五輪ハンマー投げ金メダルの室伏広治、100・200メートルで9秒台、19秒台を狙う末続慎吾、エドモントン世界陸上銅メダルの400メートルハードル・為末大、女子マラソンでは、高橋、アテネ五輪金メダルの野口みずき――といった「スター」の存在を、陸連はまったく生かしていない。

 陸連は、まともな選手選考ができないだけではない。陸上競技をマネージメントすることもできない。できないならば、優れたマネージメント能力をもつ専門家、専門集団に大会運営を任せればいいのだが、それもしない。旧態依然たる大会運営を続けている。

室伏や高橋、末続などのスター集団を擁する競技団体に資金が集まらず、国内最高峰の大会である日本選手権に観客が来ないという実態は、陸連と陸連関幹部の無能力と職務怠慢の結果に他ならない。時代錯誤の陸連幹部は即刻総退陣し、現代のスポーツのあり方を理解できる次の世代に権限を渡すべきである。(2005年6月20日記)

 成田さんにメールは mailto:yo_narita@ybb.ne.jp
 スポーツコラム・オフサイド http://blogs.yahoo.co.jp/columnoffside

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