ナベツネ氏こと渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長が、10カ月ぶりに球界に復帰する。昨年8月、ドラフト候補選手に対するスカウトの裏金提供が発覚したことで、読売巨人軍オーナーを辞任した渡辺氏だが、7日の株式会社・読売巨人軍の決算取締役会で、代表取締役会長に就任することが内定した。23日の株主総会と取締役会で正式決定する。
渡辺氏にしてみれば、開幕からセ・リーグ最下位を独走する成績不振、人気面でも東京ドームの観客席が埋まらず、TV視聴率も下がる一方という、巨人軍の惨たんたる現状から、再び球団経営と球界運営の陣頭指揮を執る決意を固めたのだろう。
球界復帰に当たり、渡辺氏は「巨人軍は今歴史的な危機を迎えています」で始まるコメントを発表した。コメントの中で渡辺氏は、巨人あってこそのプロ野球という信念と球界建て直しは自分しかできないという自負心を強く表している。
しかし、渡辺氏の球界復帰は、球界のためにも、巨人軍のためにもならないことは、明らかである。
その理由は、渡辺氏が信奉し、推し進めてきた、巨人軍が絶対的存在であることを前提にした、プロ野球のビジネスモデルが、昨年の球界再編騒動によって、既に破綻してしまったからである。
巨人軍だけが圧倒的な実力と人気をもち、他球団は巨人人気のおこぼれをあずかって存続するというビジネスモデルは、球界再編騒動によって、ファンからそっぽを向かれてしまった。
さらに、渡辺氏は、球界再編騒動の過程で、「たかが選手――」などの言動により、古い体質の球界と巨人軍の「負のイメージ」を、一身に背負ってしまったからである。球界と巨人軍における絶対的権力者であるがゆえに、そうならざるを得なかった。
今シーズンのプロ野球人気は、本当に低迷しているのか。一概にはそうは言えない。開幕から快進撃を続けるロッテ、福岡を中心に熱いファンをもつソフトバンク、北海道の新天地で人気者・新庄剛志を擁する日本ハム、相変わらず熱狂的ファンがいる阪神などの球団は元気である。
球場入場者数は、昨シーズンまでの「サバ読み」数字を「実数に近い」数字に改めたから、統計的な数字は減少している。しかし、実質的には球場に多くの観客を集める元気な球団が多い。交流戦では、パ・リーグの球場に熱い声援が起きている。
しかし、巨人人気の低迷だけは、明らかである。昨年まで、全試合「満員御礼」の大本営発表を続けてきた東京ドームは、対戦相手によっては空席が目立っている。
観客動員数以上に、TV視聴率の低下が著しい。細かい数字を挙げるより、象徴的なランキングがある。朝日新聞が毎週木曜の紙面に載せている「TVランキング」(視聴率ベスト20)で、5月9日から29日まで3週間の番組を確認してみた。3週間ともプロ野球中継は皆無である。プロ野球中継といっても、視聴率を稼げるナイター中継は、ほとんどすべて巨人戦だから、これまで夜のゴールデンアワーのドル箱番組だった巨人戦がランキングからすっかり消えたことになる。
既に、巨人戦は夜のゴールデンタイムを席巻する超優良ソフトではなくなった。巨人が日曜夜の、主催試合の開始時間を繰り上げたのは、読売の兄弟会社である日本テレビが、日曜の巨人戦夜9時以降は放送したくなかったからである。
球界と巨人軍における渡辺氏は、職員の相次ぐ不祥事の発覚と、幹部役員のお粗末な対応から、組織の屋台骨を揺るがすほどの受信料不払いを招いた、NHK前会長、海老沢勝二氏と同じ立場にある。
海老沢氏も、NHKという巨大組織における絶対的権力者であるがゆえに、NHKの負のイメージを一身に背負うことになったからである。
NHKの受信料不払いは今も増えているが、6月2日のNHKの発表によると、4〜5月の増加率は鈍化してきた。その理由について、橋本元一会長は「視聴者に我々の改善努力を受け止めていただけたのかなと思っている」と語っているが、橋本氏が口に出せない、もっと重要な理由がある。
辞任によって海老沢前会長がNHKの「釈明特番」にも他のメディアにも露出しなくなったからである。視聴者は、海老沢氏の釈明の良し悪しについて判断していたのではい。度重なる不祥事とお粗末な対応を続けるNHKの「負のイメージ」の象徴として、海老沢氏をとらえてきたからである。だから、海老沢氏が特番に出演するたびに、受信料不払いは増え続けてきた。
交流戦の実施によって盛り上がってきたプロ野球で、球界と巨人軍の負のイメージを一身に背負った渡辺氏が球界に復帰し、辞任前と同様に権力を行使し、メディアに露出たらどうなるか。結果は、あれこれ分析する必要のないほど明らかである。(2005年6月8日記)
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