アメリカ東海岸は凍てついた日がつづいている。昼間でも氷点下のままで、体感温度はマイナス10℃以下という日もある。しばらく外気にさらされていると、小さなハンマーで毛穴一本一本に針が打ちつけられるような痛みがくる。エスキモーが着ている毛皮がほしいくらいだ。
そんなとき、ある動物の冬眠についての記事を読んだ。動物に強い関心があるわけではないが、いままで知らなかった内容だったので、長文記事にもかかわらず最後まで一気に読んだ。
記事はカエルの冬眠についてであった。これまで知っていた冬眠の常識が覆された。カエルのなかには体内の水分の65%までを凍らせてカチンカチンにし、心臓をも停止させて春を待つ種類がいるというのだ。これまで冬眠というのは、深い眠りについてはいるものの、内臓は活動しているものだと思っていた。クマやヘビなどがそうだ。
少し調べると、ヒキガエルなどは地中に穴をほって、氷点下にならない深さのところで身を潜めているとある。その新聞記事では、掌に乗るような小さなカエル、たとえばウッドフロッグ(アカガエル)やスプリングピーパー(トリゴエアマガエル)は深い穴をほるだけの力がないので、石の下や木の葉のなかに身を隠して体を凍らせるというのだ。
豆粒のような脳も心臓も動きを止め、カエルの表皮はムラサキからブルーになるらしい。ウッドフロッグはカナダやアラスカにも生息しており、いまの時期、森の中を探せばまっ青になったカエルたちが見られるかもしれない。
それでよく死なないものである。気温があがって氷解しはじめると、臓器もふたたび動きはじめるというからサイエンス・フィクションの世界である。細胞レベルの話であれば、マイナス190度の液体窒素で凍らせたあと、ゆるゆると解凍してゆけば、人間の細胞でも蘇るが、「臓器そのものは無理」というのが医学的常識だ。
だから、記事を読みはじめたときの感想は「ンー、本当か」である。けれども、生物学者や臓器移植を専門にしている医師のコメントが出てくるあたりから、「ンー、ホンモノだ」となった。いちど凍ってしまった人間の臓器は解けてもザクザクと亀裂がはいったり、組織が破壊されてしまうが、カエルの場合はそれを防ぐ術を身につけているという。驚きである。
気温が下がってカエルの体液が凍りだすと、肝臓の酵素がグリコーゲンを分解してブドウ糖をつくりだす。すると血糖値があがる。糖分は細胞を凍りにくくする作用があるので、全身がザクザクになるのを防ぐのだ。ただ、血糖値のレベルは糖尿病患者の約10倍ほどの異常値である。濃縮されたブドウ糖はエネルギー消耗をおくらせる作用もあり、厳しい冬を乗り越える順応力は人間には真似ができない。
そこまでは解明されているが、長期間停止した心臓や脳が氷解時にザックリ裂けずにゆっくりと元に戻るというメカニズムはまだ解っていない。科学者がいま注目しているのは、そのメカニズムである。もちろんカエルがもつ天性のものだ。
科学者はそれを人間の臓器に活かせないか検考している。まっとうな仮説である。可能であれば、サイエンス・フィクションがノンフィクションになるほどのパンチ力がある。医療現場では臓器移植がはるかに容易になる。
現在の医学では、ドナーの体内から臓器を摘出したあと凍らせることはできない。使いものにならないからだ。腎臓であれば溶液につけて48時間、心臓は4時間が限度である。その時間以内に移植手術が開始されなくてはいけない。だが、カエルの冬眠メカニズムを解明し、もしも人間の臓器に利用できるならば、医学的ブレークスルーになる。
しばらくは多くのカエルが人間に凍らされたり暖められたりするだろうが、ぜひ人間の臓器でブレークスルーを見てみたいものである。(「急がばワシントン」から転載)
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