9月20日、総統府直轄のシンクタンク、中央研究所の近代史研究所の黄自進教授を訪ねた。慶応大学の近代日中史で博士号を取った。研究室には戦前の日本と中華民国の関係資料がうずたかく積まれている。「北一輝的革命情結」を上梓したばかりである。日中の研究者たちが忘れ去った歴史のいわばエアーポケットのような分野を研究の対象にしている。まさに「アジアの意思」を訴えるに適材だとわれわれは直感した。
予想通り、われわれの「アジアの意思」に対する黄教授の理解は早かった。しかし、黄先生からは思わぬ言葉が返ってきた。
「台湾はアメリカです」。
中央研究所は世界にあまり類がない研究所で、中国の社会科学院あたりが近いのかもしれない。旧ソ連の何々アカデミーにも匹敵する。先進資本主義国家にはない存在である。教授陣は国立大学の上位にあり、総統府の政策決定にも大きな影響を与える組織である。
中央研究院には現在、819人の研究員がいて全員が博士号を持っている。問題は博士号を取得したところである。台湾での取得者はたった211人で。アメリカが508人にも及ぶという。イギリスなどアングロサクソン系を合わせると555人なのだそうだ。アジアでは日本が20人であと香港の1人だけ。黄教授は「文化面でアメリカの植民地。韓国留学生すらいない。アジアの発想などはないです」と嘆いた。
李登輝前総統は中国、台湾そして日本の三つの人格を持っていると言われているが、どうやら李前総統は台湾を代表する知識人ではないようだ。中央研究院が台湾のすべてではないが、アメリカにフォーマットされた頭脳が総統府に研究成果を送り続けているのだとあいたら、これは大変なことだ。
黄教授の苦悩は続く。90年代から若者を中心に「哈日族」(ハーリー族)といって日本の音楽やファッションにあこがれる層が生まれている。台湾に新たな親日層が育っているのかと思っていたら実はそうではないらしい。黄先生に言わせれば、「日本語が出来るわけでもないし、まして日本の歴史を知っているわけでもない」。表層の日本文化へのあこがれでしかないのだそうだ。
アジアの意思を掲げて訪台したわれわれは、のっけから打ちのめされるようなショックを受けざるを得なかった。
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