◆寒風の中の金業界
1997年あたりから急激に冷えこんだ金価格を背景に、金生産会社それぞれの生き残りを賭けた熱い戦いが、地球全体を舞台として進行しています。世界各地の金生産会社は、リストラ、合併、清算、そして先行投資としての金鉱調査費用削減を続けてきました。その結果、例えばギニア国内でも、金価格が高水準であった1994−1997年あたりには、各国の有力な金生産会社が新しい鉱脈を求めて、時には50−100近くの金鉱調査チームを送りこんでいたのが、現在ではその8割以上が撤退し、残りの一部は静かに眠っている状況となっています。
これは全世界的な流れで、本来であれば、金鉱の採掘を進めると同時に、将来に備えての備蓄量を確保するため、常に新しい鉱区の開発調査を行うことが望ましいとされているわけですが、金価格の低迷がそれを許さなくしているようです。まず今を生き延びなければ、という切羽詰った状況では、5年、10年先のための備蓄を増やす余裕はあり得ません。
1999年の、英米IMF等の合作による金の市場価格操作疑獄の頃には、わずかながら業界が明るさを取り戻したものの、そのまま持続することはありませんでした。
「金の市場価格操作疑獄関連のレポート」下記URLで1999/10/09号をご覧ください。
http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000005790
=ギニアから眺めた金の業界風景=
◆市場価格操作疑獄の被害者
たしかに、1999年9月の疑獄の際には、それ以前のごく短期間のうちに金価格が下落し、そしてその時のG7会議終了後の週末になされた記者会見を受け、次の月曜日には金価格が急騰するという状況があり、金業界関係者はそれまでのつらい日々をいくぶん忘れることができたのです。そして前向きの動きを加速させる会社も出てはいました。
ところが、実はこの月曜日、有力な産金会社2社が会社の存続を危うくさせるような額の損失を出していたことが、何日か後になって公になりました。それがカナダ・モントリオールの中堅C社と、ガーナの大手A社。両社ともに、金のヘッジの読み違いから、それぞれの会社にとっては絶体絶命の巨額な負債を抱えることとなりました。
A社はガーナ政府の後援と債権者の理解を得て、かろうじて生き延びていますが、常にパートナーを探している様子がありあり。C社は、その弱り目を狙われて安値での買収攻勢をかけられたものの、株主が納得せず不調に終わっています。この時点で、会社にとってはあるいは幸いにも、日本の投資会社からつなぎの資金の調達ができ、その後、鉱区の切り売り等をして綱渡りの運営を続けているようです。日本の投資会社も、突っ込んでしまった足はなかなか抜けないものらしく、出資金の増額を実行している(せざるを得ない)ようですが、リターンはどうなるものやら。
このようにして、産金会社にとっての金のヘッジ取引は、資金調達のための便法であると同時に、そのコストとリスクが確定していないために、金価格の大きな変動があった場合はとんでもない結果になるという強力な警鐘となりました。
巨額の利益を得た者がいたと同時に、前記のように、みごとな失敗例として業界の語り草となっている会社もあるものの、実感のないままに巨額のコストを負担させられた声なき民も数多く存在したことは銘記しておくべきでしょう。
◆合併、買収の強い風
こんな状況にほくそえみながら、英国に本社を置くリオティント社や、南アフリカのアングロアメリカン社は、総合鉱山資源会社として、世界各地の鉱山を戦略的に買収し続けています。
例えば、オーストラリアの鉄鉱石事業は、従来はリオティント社を含む3社が市場を支配していたものの、2000年に、競合相手を買収して価格支配力を強めようとしたリオティント社に対抗して、アングロアメリカン社も買収戦に参加。このケースでは、日本の鉄鋼メーカーまでが、両社の動きに翻弄されていました。また、リオティント社は、自社が開発した世界最大の埋蔵量を誇る鉄鉱山をギニアですでに確保し、将来の需要に備えています。同社は、オーストラリアの主だった炭鉱もすでに買収。
余談ながら、アングロアメリカン社は昨年、ダイヤモンドで有名なデビアス社を買収。両社はもともと親戚関係にはあったのですが、資金力の枯渇していたデビアス社を買収することによって実の親子関係に模様替え、というところです。
金業界関連では、南アフリカと北米の会社が、世界の有力な産金会社の買収を競っている流れがあります。昨年は、産金量世界第2位だったカナダのバリックゴールド社が、アメリカの大手会社を買収。南アフリカ2位のゴールドフィールド社は、オーストラリアの中堅デルタゴールド社を買収し、オーリオンゴールドと社名を変更させています。そして、世界トップ(だった)の南ア・アングロゴールド社は現在、前述のゴールドフィールド社、オーリオンゴールド社、それからヘッジの失敗で青息吐息(失礼)のA社を視野に入れて、買収をかける時期を探っているなど、業界再編成の動きが急です。
◆オーストラリア一番の会社を急襲
一連の買収劇が続く中、そのクライマックスとしては、昨年から今年にかけての「世界一の産金会社」という看板をめぐる戦いを忘れるわけにはいきません。
これまでずっと、世界一の産金会社は、南アフリカのアングロゴールド社(ロスチャイルド系)ということに決まっていました。誰も疑うことなく、その歴史からいっても当然の流れであると信じこんでいたのです。ただ最近の金価格低迷の環境の中で、南アの多くの鉱山ではストライキが頻発し、それでなくても生産コストの高い採掘条件がさらに悪化していたことは確かで、そのためにも国外の鉱山に生産の軸足を移す必要に迫られていました。最近の買収、吸収合併のひとつの側面は、より生産コストの低い即戦力となる金鉱山を求める動きでもありました。
そんな流れの中で、南ア・アングロゴールド社は昨年9月初め、オーストラリアで産金量一番のノルマンディーマイニング社を標的にした、株式公開買付の実施を発表。当のノルマンディー社は、自社株主に提示された株式買取条件に不満を表明し、株主に対して自制を呼びかけました。その直後に9.11事変が起こって、金価格は一時的に急上昇。
AngloGold bids for Australian rival
http://news.bbc.co.uk/hi/english/business/newsid_1526000/1526245.stm
◆逆襲の宣言
豪ノルマンディー社は自社株主に対して慎重な対応を呼びかける一方、水面下でカナダ、アメリカの会社と接触し、南アの軍門に下ることを拒否するための方策を練り続けます。
ここで活躍したのが、カナダの小粒の金会社フランコネバダ社。この会社は自社では採掘をせず、支配下の鉱区を他社に採掘させてロイヤリティーを徴収する経営スタイルで、無借金経営をしていた財務内容のすこぶるいい会社。仕事柄、世界の大手の会社とのコネクションも充分で、そしてまことに都合よく、豪ノルマンディー社の株式を19.9%保有していました。そのうえ、2000年代には南ア・ゴールドフィールド社との合併を模索した経緯があったものの、カナダに利益を落とすわけにはいかないという南ア政府の反対を受けて交渉が挫折した、というおまけまでついていました。
その結果、アメリカ最大手の産金会社ニューモントマイニング社が主役を演じることとなり、接着剤・応援団としての脇役はカナダ・フランコネバダ社が、ゲスト出演者として豪ノルマンディー社が登場する舞台設定ができあがりました。
そして2001年11月14日、世界一の生産量と備蓄量を持つ新会社を作り上げ、金取引市場への影響力を増大させることを目的として、南ア・アングロゴールド社の今回の動きに対抗する声明を3社合同で発表します。これが、アングロゴールド社を永年の世界一の座から蹴落とす動きの始まりでした。
プレスリリース 2001.11.14http://www.newmont.com/inv_relations/newsreleases.htm
◆世界一をかけた戦い
南ア・アングロゴールド社は11月25日、オーストラリアの買収裁定委員会に対して、米ニューモント社の買収案について異議の申し立てを行います。
その骨子は、カナダ・フランコネバダ社がすでに保有していた豪ノルマンディー社の株式に関する解釈についてでした。宣戦布告の前にフランコネバダ社を傘下に入れたのは、同社が保有していた豪ノルマンディー社の株式取得が目的であってルールに反する、という主張だったのですが、12月12日に異議申立てが却下され、この時点で、ノルマンディー社株主の進行方向が決定的になった模様です。
また米ニューモント社は買収案発表の前後にも、豪ノルマンディー社の価値を再評価するため、地質技師を含めたスタッフをノルマンディー社の各地の鉱山へ送りこんだ模様で、その結果を株式の買い入れ提示額に強気に反映させて、南ア・アングロゴールド社の提示額を上回る条件を株主に約束し続けました。
このような戦況の中で、アングロゴールド社は、株主としての影響力を残すためだけにも最低10%のシェアを確保しようと努力したものの、1月18日の買い付け締め切り時点で、豪ノルマンディー社株取得率7.1%という結果に終わりました。
ここで、南ア・アングロゴールド社はギブアップのタオルを投げざるを得なかったわけですが、それでも尚、他の大手を買収して業界のトップの地位を奪回する可能性を強く示唆し続けています。
米ニューモント社は2月25日、豪ノルマンディー社の92%の株式を取得したことを発表し、買収戦争の勝利を宣言しました。この買収に要した資金は約3,000億円と見積もられています。
◆金価格への影響
世界規模での金の年間実生産量は2,500トン程度といわれ、新しい世界一の産金会社・新ニューモント社の現時点での年間年産量は約270トンと見込まれています。同社は、この生産量を武器にして金市場への影響力を強めることを宣言すると同時に、金価格低迷の元凶であると考えられているヘッジという不健全な取引を極力排し、ごく自然な取引形態をめざすとしています。今回の豪社買収にあたっては、株主に対して、ヘッジ取引をしないことによる経費の大幅削減、ひいては株主への利益還元、そして金価格上昇による業界全体の利益の追求を目指すことを強調していました。
同社首脳筋は、市場でのヘッジ売りの量を年間500-1,000トン減らすことによって、1オンス(31.1g)あたり25−50ドル(5$/100t)の価格上昇が実現できると計算しています。――2001年の平均金価格275ドルをベースにして、300-350ドル圏への移行を想定。
業界の新しいリーダーとしての新ニューモント社の成立が確実になった今年1月下旬あたりから、1オンス290-300ドルの金価格が続いているのは、あるいはすでにこの「ニューモント効果」が出始めているためなのかもしれません。
24hr Goldhttp://www.kitco.com/charts/livegold.html
斉藤さんにメールは mailto:bxz00155@nifty.com
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