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ミヒャエル・エンデが日本に問いかけるもの

2000年07月26日(水)
萬晩報通信員 園田 義明

 1985年10月、当時大学生だった私は、いつものように調査中の遺跡の上 に寝っ転がって一冊の雑誌を読んでいた。「朝日ジャーナル」のミヒャエル・エ ンデの特集記事である。エンデはドイツの児童文学作家で『ジム・ボタンの機関 車大旅行』や『モモ』『はてしない物語』で日本でも人気がある。特に『モモ』 は私のお気に入りだった。

 遺跡発掘調査は、ほとんどの場合、壊して新たに建物を造ることが前提となる。 調査が終わった現場からさっさとコンクリートが流し込まれていく。迫ってくる コンクリートの谷間の縄文の地層の上でこれを読んだ。

 エンデは資本主義制度がダーウィニズムからくる弱肉強食を経済生活に適用さ せ正当化させている点を指摘し、精神性や文化といったものがないがしろにされ ている状況を嘆いていた。そして現在の金融システムをバベルの塔と呼び、いつ か崩れる瞬間が来ると警鐘を鳴らしている。そしてなぜか危機的な状況を回避す るための新たな精神性が日本で生まれる可能性を示唆した。

『なぜ日本?』 そのことがずっと頭から離れない。

 ●時間との戦争

 1990年元日、畳の上で寝っ転がってテレビを見ていたら、突然画面にエン デが登場した。「時間の戦争が始まった〜2001年日本の選択」という番組だ った。冒頭に世界各地の子供たちの表情を映し出し、エンデは静かに語る。すで に「時間の戦争」という第3次世界大戦が始まっており、その被害者は子供たち だと。

 これは、モモが立ち向かった『闇』が子供たちの心の中に広がっていることを 意味している。

 翌91年のNHK「アインシュタイン・ロマン」で、はっきりとその戦争をし かけている実体を示した。それは資本主義経済における成長の強制であり、悪の すべてのルーツは現在のお金のシステムと実際の経済システムとの不調和にある と語っている。そして、希望と未来を創造できる子供たちをも巻き込んだ「文明 砂漠」の『闇』が急速に広がっていると警告する。

 エンデがこの番組の為に描いた「文明砂漠」のスケッチには廃虚と化したコン クリートの固まりと無数の自動車の墓場とその谷間を無邪気に歩く少年の姿が描 かれている。

 そしてこの番組で、日本に対して、今となっては非常に意味深いメッセージを 残している。

 ●エンデの日本へのメッセージ

「日本は、経済的に自立し、アメリカの植民地的存在から抜け出すしか道がなか ったと思います。しかし、そこでふたつのことが混じり合ったのですね。従来の 古い美徳感覚が、近代的工業社会の原理と混ざり合わさったのです。つまり、連 体意識一般や領主に対する忠誠は、今日では企業に捧げられています。しかしこ れはこの先、葛藤を生むと思います。このふたつは、本来相いれないものです。 『これは、近い将来に十分にある得ることですが、経済が少し傾けば全国民的な 神経虚脱症を引き起こしてしまうのではないでしょうか。』」

「私は日本の考え方には一種の危険性があると思います。それは、どの問題にお いても思考を日本の関心事に限定することです。もし、このように言ってもよろ しければ、それは日本の国家的なエゴイズムのようなものです。このエゴイズム は、物事が世界全体にどのような結果をもたらすかを考えず、つねにただ、日本 にとってどのような結果になるかだけを考えます。私は、今世紀においては人類 レベルで考えることを学ばなければならないと思うのです。そこで、まさに主導 的な工業国こそが、その中でもとりわけ日本は、日本に対する責任だけでなく、 世界に対する責任を負うことを学ばなければならないと思います。これが、日本 の友人への大きな願いです。」

 ●増殖する『闇』と芽生えはじめた『希望』

 最近の心を痛める少年犯罪は何を意味しているのか。今一度考えて見る必要性 を感じる。「灰色の男たち」の感性の欠落した発言と無縁でないはずだ。そろそ ろ灰色にならなければ発言できない政治経済システム自体の見直しが迫られてい るようにも思う。

 かってエンデは新たな精神性が日本で生まれる理由として日本人の肉体的構造 をあげている。密度がつまっていない浸透性と繊細さに希望を見い出したのであ る。まだ日本と深く接していなかったころの、この漠然とした表現に本質が隠れ ているように思う。

   私もかってアメリカン・インディアンの遺跡や居住地をお邪魔したとき、妙に 浸透性のある人たちに出会ったことがある。ある老人に彼らの聖地に連れていっ てもらったときは、その老人が本当に消えてしまうのではないかと心配するほど であった。そして彼らの遺跡から発掘された土器や石器に触れたときなぜかエン デの表現を思い出した。

   結局みんな繋がっている。そしてそれは自然との共生の中でじっくりと深く染 込んできたものだろう。確かにそれは日本人の中にも存在していたように思う。 エンデにはその存在が見えたのだろうか。その答えは、自分でみつけるしかない。

 お気に入りの川の流れに身をまかせ
 カヌーのデッキに寝っ転がって『エンデの遺言』を深く読んでみたい。

 新たなお金に対する試みが始まろうとしている。


引用・参考・紹介文献

『ジム・ボタンの機関車大旅行』 講談社 1974
『モモ』 岩波書店 1976
『はてしない物語』 岩波書店 1982
『オリーブの森で語り合う−ファンタジー・文化・政治』岩波書店

『エンデと語る』 子安美知子 朝日選書 1986
『エンデのくれた宝物』 島内景二 福武書店 1990
『ミヒャエル・エンデ』 安達忠夫 講談社現代新書 1988
『アインシュタイン・ロマン6』 日本放送出版協会 1991
『エンデの遺言』河むら厚徳+グループ現代 NHK出版 2000
『センス・オブ・ワンダー』 レイチェル・カーソン 佑学社 1991

『リトル・トリー』 フォレスト・カーター めるくまーる 1991
『ホピ 精霊たちの大地』 青木やよい PHP研究所 1993
『ホピの国へ』 青木やよい 廣済堂文庫 1992

また自然との関わりにおける人間性回復については動物行動学的見地か
らコンラート・ローレンツの著作を参考とした。
『ソロモンの指輪』『人間性の解体』『文明化した人間の八つの大罪』他
★特に『リトル・トリー』はエンデ好きの方にも読んで欲しい作品です。
    インディアンの男の子の物語です。すごくいい本です。


 園田さんにメールはyoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp
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